- はじめに
- 序章 モラルジレンマ授業はなぜ子どもにも大人にも人気があるのか?
- /荒木 紀幸
- 第1章 モラルジレンマ教材と授業モデル
- 中学1年のモラルジレンマ教材と授業モデル
- 1 白球の軌跡 /松尾 廣文
- 1 授業で用いるワークシート/2 価値分析表/3 発問表/4 授業を行う上での留意点
- 2 乱れたスリッパ /竹田 敏彦
- 1 授業で用いるワークシート/2 価値分析表/3 発問表/4 授業を行う上での留意点
- 3 ママ,酸素切って /野口 裕展
- 1 授業で用いるワークシート/2 価値分析表/3 発問表/4 授業を行う上での留意点
- 4 「生命の選択」は許されるのか /奥村 光太郎
- 1 授業で用いるワークシート/2 価値分析表/3 発問表/4 授業を行う上での留意点
- 5 ぼくには言えない /野口 裕展
- 1 授業で用いるワークシート/2 価値分析表/3 発問表/4 授業を行う上での留意点
- 中学2年のモラルジレンマ教材と授業モデル
- 1 文通 /松尾 廣文
- 1 授業で用いるワークシート/2 価値分析表/3 発問表/4 授業を行う上での留意点
- 2 優子のジレンマ /野口 裕展
- 1 授業で用いるワークシート/2 価値分析表/3 発問表/4 授業を行う上での留意点
- 3 いいじゃない,それくらい! /野口 裕展
- 1 授業で用いるワークシート/2 価値分析表/3 発問表/4 授業を行う上での留意点
- 4 班を作ろう /野口 裕展
- 1 授業で用いるワークシート/2 価値分析表/3 発問表/4 授業を行う上での留意点
- 5 修学旅行の思い出 /野口 裕展
- 1 授業で用いるワークシート/2 価値分析表/3 発問表/4 授業を行う上での留意点
- 中学3年のモラルジレンマ教材と授業モデル
- 1 夏の終わりに /松尾 廣文
- 1 授業で用いるワークシート/2 価値分析表/3 発問表/4 授業を行う上での留意点
- 2 出場辞退! /野口 裕展
- 1 授業で用いるワークシート/2 価値分析表/3 発問表/4 授業を行う上での留意点
- 3 「あゆみの会」存続問題 /野口 裕展
- 1 授業で用いるワークシート/2 価値分析表/3 発問表/4 授業を行う上での留意点
- 4 最終決定 /野口 裕展
- 1 授業で用いるワークシート/2 価値分析表/3 発問表/4 授業を行う上での留意点
- 5 美しい鳥取砂丘 /荊木 聡
- 1 授業で用いるワークシート/2 価値分析表/3 発問表/4 授業を行う上での留意点
- 中学生〜高校生のモラルジレンマ教材と授業モデル
- 1 こうのとりのゆりかご /吉田 雅子
- 1 授業で用いるワークシート/2 価値分析表/3 発問表/4 授業を行う上での留意点
- 2 尊厳死を見つめて /荊木 聡
- 1 授業で用いるワークシート/2 価値分析表/3 発問表/4 授業を行う上での留意点
- 3 真実を知る者として /野口 裕展
- 1 授業で用いるワークシート/2 価値分析表/3 発問表/4 授業を行う上での留意点
- 4 ワクチンは誰の元へ /武中 聖子
- 1 授業で用いるワークシート/2 価値分析表/3 発問表/4 授業を行う上での留意点
- 5 大地震 /武中 聖子
- 1 授業で用いるワークシート/2 価値分析表/3 発問表/4 授業を行う上での留意点
- 6 田中さんのジレンマ /鈴木 憲
- 1 授業で用いるワークシート/2 価値分析表/3 発問表/4 授業を行う上での留意点
- 7 ヘルガの葛藤 /松尾 廣文
- 1 授業で用いるワークシート/2 価値分析表/3 発問表/4 授業を行う上での留意点
- 第2章 モラルジレンマ授業の進め方
- /松尾 廣文
- 〈参考文献・引用文献〉
- モラルジレンマ教材を用いた授業の展開
- 取り上げたモラルジレンマ教材の作者と内容項目内訳,文と挿し絵
はじめに
私たちがモラルジレンマ授業の実践を始めたのが1982年。それからおよそ30年が過ぎた。新しいモラルジレンマ資料を出版するたびに,小学生から大学生に至るまでこの授業をおもしろいと評価していただく。しかし2005年の『モラルジレンマ資料と授業展開 第2集 小学校編,中学校編』(明治図書)を最後に新しい資料の出版は止まっている。この間にも新しいモラルジレンマ資料を待ち望む便りがたくさん寄せられている。自作した資料が価値葛藤教材として使えるか自信がないといった声も入ってくる。自作の資料を使った実践報告を手にすることがあるが,確かに完成度が低いものや道徳的な価値葛藤になっていないケースが散見される。前任者の江部編集長からも何度も出版を催促された。手持ちの新しいモラルジレンマ資料も増えてきたので,日本道徳性発達実践学会の10周年記念大会の2010年に合わせて出版を考えたが,それも果たせず今日まで来た。しかしやっと樋口雅子編集長のもとで実現の運びとなった。長年の宿題がいよいよ果たせると思うと嬉しい限りである。
今回は,これまでの出版と異なり,モラルジレンマ資料を前面に出した。樋口編集長のアイディアを頂戴し,挿絵を加えたモラルジレンマ資料とワークシートを「拡大コピー」して使用できるようにした。このため,「モラルジレンマ物語」をA4やB4,A3に拡大して子どもたち一人一人に配り,コピーした「書き込みカード」と「判断・理由づけカード」を使って授業を進めることが容易となった。必要な挿絵は黒板に貼り付けたり,板書の補助として使い,添付の発問表や授業を行う上での留意点,価値分析表を参考に授業を進めることができるので,本書は先生方にとって随分と使い勝手がよくなったと自負している。
モラルジレンマ授業の特徴の1つは集団での話し合い,討論(モラルディスカッション)にある。この話し合いのために用意された資料には仕掛けや工夫がこらしてあり,それが第2の特徴である。それはオープンエンドの形で投げかけられた価値葛藤(モラルジレンマ)の物語のことである。つまり,そこには答えがどこにも書かれてはいないのである。モラルジレンマとは,道徳的な正しさにおいて曖昧な岐路の場面,ないし状態を言う。さて,このような難題の場面に立たされた主人公はどうすべきか,つまり,このモラルジレンマ授業では,人としての当為が探究されるというのが第3の特徴である。このように,モラルジレンマ授業で使われる資料のことを,私たちはモラルジレンマ資料と呼んできた。
さて,教科の授業では目標を実現する媒体を教材と呼んでいるが,道徳は教科ではないので,「道徳の時間」で使われる教育媒体を道徳資料と呼んでいる。しかし,人間形成や道徳性の発達にとって道徳資料が果たす役割は極めて大きく,教科書に準じる機能を持っている。近年では,教育再生会議(2007)が徳育の教科化を提案し,今回の小・中学校学習指導要領では,教科化は見送られた。しかし,道徳の教科化を目指す動きはなくなったわけではない。そこで,今回は従来のように道徳資料とするのでなく,モラルジレンマ教材とした。
21世紀を直前に起こった大河内清輝君の「いじめ」による自殺事件(1994.11.27),14歳の少年による神戸須磨連続児童殺傷事件(1997)を受けた臨時教育審議会は「学校は子どもたちにとって伸び伸びと過ごせる楽しい場,安心して,自分の力を発揮できるような場でなければならない。子どもたちは学校のすべての生活を通じて,一人一人かけがえのない人間として大切にされているという実感をもたなければならない。」と学校秩序の回復を強く訴え,命の教育,心の教育を説いた(1998)。それは翌年の学習指導要領改訂に色濃く反映された。しかしながら,その後の教室の規律回復は進んでいない。「教育再生会議」においても「規範意識の低下」問題が大きく取り上げられ,今回(10年)の学習指導要領改訂においてもそれへの対応として「道徳教育」の重点施策となって現れている。
このような中で,またもや規範意識の低下と連動する「いじめ」や「いじめによる自殺」が現在大きな社会問題となって,日本を揺り動かしている。2011年10月に自殺した中学2年生の大津いじめ自殺事件(対応をめぐって中学校,教育委員会に批判が集中,教育長が襲撃され重傷を負った),2012年7月に起きた赤穂暴行動画事件(小学生が中学生から暴行を加えられ,動画がインターネット上に投稿された),小学校時代のいじめで対人恐怖症になった米子市の少女(15)が被害届を提出,同級生いじめの3人が少年院送致(この中学3年生に裁判長は「弱いものいじめと見られる行為を繰り返し,わがままで規範意識や自制心を欠いていると述べる−毎日新聞 2012.8.14)等々,日本の各地で毎日のように報道されている。
私は,「いじめ」問題では「いじめる側の論理が」まかり通って,「いじめ」は悪であるという弱者の立場に立った指導や教育がなされないことが問題だと言ってきた(例えば,荒木,1995)が,今回これにさらに次のことを加えたい。学校教育者は「いじめ」を犯罪であるとの認識を新たにし,非行と同じように厳しく対応する必要がある。この一方で,いじめを起こさせない,学校作り,クラス作り,人間関係作り,といった民主的な共同体としての学校風土(正義と思いやりが支配する)の整備を積極的に進めなければならない。また児童生徒の実態をより詳しく理解し,適切な支援に生かすためには,客観的な心理検査や人格検査等を全学的に実施し,個人についてのどのような特性があるか,問題点が潜んでいないか,などの情報を集める必要がある。例えば,私たちは,子どもたちが豊かな充実した学校生活を送っているかについての客観的診断検査,小学生版ウエルライフ〈学校生活充実〉検査(2011),同中学生版(1996)を開発して,クラスごとに検査を実施し,学校での学習活動や人間関係の不安やストレスの程度,いじめの兆候,自尊感情の高さ,コーピング力等を測定し,診断し,それらを利用した生徒指導や支援活動,三者面談に生かしている。
いじめや非行の当事者は総じて他人の気持ちや感情に共感する共感能力を欠いていたり,相手の立場に立って感じ考える役割取得能力が育っていない。先を予測する想像力を欠いている場合も多い。このような中でみんなにとって正しさとは何かをしっかり追求し判断することは難しいし,公正公平な人間関係を作ることも,規範意識を身につけることも期待できない。今ほど学校において「正義」と「思いやり」を重視した道徳教育や人権教育,人間教育を行うことが強く求められているときはない。
また忘れてならないことは,2011年3月11日に起きた東日本大地震と津波,福島原発事故がもたらした未曾有の災害が,私たちに人間の尊厳や命の尊さ,人と人の絆や思いやり,自然に対する畏敬の念といったことの大切さを改めて浮き彫りにした点である。道徳教育を進めるに当たって,このような道徳的価値についてしっかり考える機会を用意することは,これからを生きる中学生や高校生にとって極めて大切である。社会の一員として義務と責任を積極的に果たしながら社会の発展に寄与して生活する公民的資質とは,コールバーグの定義する道徳性の発達(3水準6段階)でいえば,第2水準(慣習的水準の道徳性,つまり段階3と4)の道徳的思考に当たる。
この慣習的水準の段階4では,自分の家族,集団,国家のいろいろな期待を担うことがそれ自体価値あることであるとされ,社会の秩序を積極的に維持し,権威を尊重し,そこに集まる人や集団と同一化する態度をとる。この基礎には,相互扶助や調和のとれた人間関係にあこがれ,信頼,友情,思いやり,誠実,感謝の気持ちを大切にする段階3の道徳性を身につける必要がある。モラルジレンマ授業を繰り返す中で(道徳的原理や思考を様々な場面に適用することで発達段階に固有の道徳的思考が安定し,水平的な発達が起こる),数年単位であるが,道徳性の発達は徐々に進行していく(より高い段階へ移行する垂直的な発達が起こる)。中学生,高校生の多くが,モラルジレンマ授業を繰り返し受けることで,慣習的水準に達してくれるならば,日本は今よりもずっと住みよい,生き生きと充実した秩序ある社会になっているものと期待している。
中学生や高校生の時期に考えてほしいモラルジレンマ課題として我々は,「万引き」,「基本的人権」,「公正感」,「社会福祉」,「尊厳死」,「順法精神」,「環境汚染」,「進路の問題」,「自然災害」など,現実に起こったことや起こることを想定した様々なものを用意した。これらの問題について,モラルジレンマの形式で葛藤討論させる意義は大きい。我々は,モラルジレンマ授業を人間としての生き方やあり方をしっかりと考えるための授業と位置づけ,中学生に限定せず,高校生や大学生,大人の利用も念頭に入れて『モラルジレンマ教材でする白熱討論の道徳授業=中学校・高等学校編』の発刊とした。
なおモラルジレンマ資料を用いた討論授業過程について,これまでの実践,授業研究,道徳性の発達などを加味して3パターンを用意した。第1のパターンは1時間扱いの授業である。第2のパターンはモラルディスカッション授業,つまり私たちが討論授業過程の基本モデルと考えてきた1主題2時間授業である。第3のパターンは第1と第2の中間に当たるもので,前もって宿題や自習の形で資料読みと第1次の判断・理由づけを行っておき,それらの結果を手がかりに1時間の討論授業を行うものである。これらの細かな説明は第2章の「モラルジレンマ授業の進め方」で取り上げられているので,参考にしていただきたい。また,授業計画を立てる場合には,クラスの実態や生徒たちの授業への慣れ,学年などを考慮して,生徒の道徳性の発達を促す工夫をお願いしたい。
利用される先生方のために,モラルジレンマ資料を,中学1年生対象,中学2年生対象,中学3年生対象,中学生〜高校生対象の4つに区分したが,これは利用のための一応の目安であり,固定したものでなく,クラスや学年の実態,学校風土や環境によって,適時に利用されたらと考えている。
今回の出版に当たり,執筆者の多くは校長や教頭,指導主事の要職にあり,多忙な中での執筆となった。多大のご苦労をおかけすることとなった。中でもジレンマ物語に挿絵を描くという余分な作業までお願いしたものだから大変だったろうと思う。しかし,デザイナーや美術の先生といった専門家の皆さまや生徒さんの参加も得られて,その分ユニークな挿絵がたくさん見られ,読者の興奮を呼ぶものと期待している。
この資料集の編集においては道徳性発達研究会がその任に当たったが,とりわけ,松尾廣文,堀田泰永,松本朗,楜澤実氏に負うところが大きかった。記してお礼申し上げる。
今回の出版が中学生の道徳好き生徒を増やし,高校における道徳教育の取り組みを刺激する力になり,道徳教育への関心が高まり,生徒の道徳性発達を促すきっかけとなれば幸いである。
最後になったが,明治図書,樋口雅子編集長のもと,新しい展望の中,道徳性を高めるモラルジレンマ資料作りができたことに感謝します。ありがとうございました。またこの出版を後押しいただきました前編集長江部満氏に感謝とお礼のことば,「ありがとう」,をお贈りします。
2013年2月 監修者 /荒木 紀幸
今後もこのような本を期待しています。
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