- はじめに
- T なぜ国境・国土・領土の指導が要求されるのか
- /草原 和博
- (1) 問題の所在
- (2) 「国境・国土・領土」を描きたがらない教科書
- (3) 「国境・国土・領土」を敢えて扱った授業構想
- (4) 「国境・国土・領土」を教える目的と意味
- U 日本の社会系教科における「国境・国土・領土」
- 1 戦前の教則における位置づけと取扱い /釜本 健司
- (1) 国境・国土・領土の取扱いの始まりとその諸相
- (2) 一九三〇年代の教則に見る国土・領土の位置づけと取扱い
- (3) 国民科における国境・国土の位置づけと取扱い
- 2 学習指導要領における位置づけと取扱い /井上 奈穂
- (1) はじめに
- (2) 学習指導要領に見られる量的な変化
- (3) 学習指導要領に見られる記述の変化
- (4) おわりに
- 3 戦前の教科書記述の特色 /福田 喜彦
- (1) はじめに
- (2) 第一期国定教科書の「国境・国土・領土」
- (3) 第三期国定教科書の「国境・国土・領土」
- (4) 第六期国定教科書の「国境・国土・領土」
- (5) おわりに
- 4 戦後の教科書記述の特色 /角田 将士
- (1) なぜ過去の教科書を振り返るか――本稿のねらい
- (2) 現代の教科書における「国境・国土・領土」
- (3) 過去の教科書における「国境・国土・領土」
- (4) 教科書の変化から見えてくるもの
- 5 教育実践史から見た注目すべき取り組み /藤本 将人
- (1) 分析の対象と視点
- (2) 直接的態度形成型授業
- (3) 間接的態度形成型授業
- (4) 現代の授業づくりへの示唆
- コラム 編者から見た各論の読み方 /渡部 竜也
- V 世界の社会系教科における「国境・国土・領土」
- 1 アメリカの教科書と授業構想 /小川 正人
- (1) はじめに
- (2) アメリカの領土拡大の歴史
- (3) 国境・国土・領土がアメリカの教室で、どのように教えられているか
- (4) 一次史料を用いた授業づくり
- (5) 一次史料を用いた国境・国土・領土についての授業実践:ルイジアナ買収
- (6) アメリカの国境・国土・領土の学習における課題
- (7) おわりに
- 2 カナダの教科書と授業構想 /坪田 益美
- (1) カナダにおける「国境・国土・領土」
- (2) アルバータ州の社会科教科書と授業構想
- (3) カナダの社会科における「国境・国土・領土」
- 3 イギリスの教科書と授業構想 /川口 広美
- (1) はじめに:グローバル時代における「国境・国土・領土」をめぐる問題
- (2) イングランドにおける「国境・国土・領土」学習の原理原則
- (3) イングランドの「国境・国土・領土」授業構想
- (4) おわりに:イングランドの事例から見えたもの
- 4 ドイツの教科書と授業構想 /宇都宮 明子
- (1) はじめに
- (2) 「領土」の指導における旧版と新版の比較考察
- (3) ドイツにおける「領土」の指導の変化の考察
- (4) おわりに
- 5 中国の教科書と授業構想 /蔡 秋英
- (1) 教科書記述から見る国境・国土・領土教育
- (2) 授業構成から見る国境・国土・領土教育
- (3) まとめ
- 6 韓国の教科書と授業構想 /李 貞姫
- (1) 二〇〇七年改訂教育課程における領土教育
- (2) 韓国の小学校社会科教科書における領土教育
- (3) 領土教育に関する授業構想
- 7 シンガポールの教科書と授業構想 /吉田 剛
- (1) はじめに
- (2) 「国民教育」とは
- (3) 二〇〇六年版シラバスの枠組み
- (4) 教科書記述
- (5) F小学校のスキームオブワークから考える授業構想
- (6) 二〇〇六年版に見る「国境・国土・領土」
- 8 オーストラリアの教科書と授業構想 /永田 成文
- (1) オーストラリアの国土と国境・領土問題
- (2) オーストラリアの地理教育の教科書
- (3) オーストラリアの国境・領土問題に関わる授業構想
- (4) オーストラリアの国境・領土問題に関わる授業の特色
- コラム 編者から見た各論の読み方 /草原 和博
- W 「国境・国土・領土」を扱う授業づくり
- 1 優れた実践に学ぶ授業づくりのストラテジー
- (1) 小学校社会科の実践に学ぶ /後藤 賢次郎
- (2) 地理的分野の実践に学ぶ /伊藤 直之
- (3) 歴史的分野の実践に学ぶ /田口 紘子
- (4) 公民的分野の実践に学ぶ /岩野 清美
- コラム 編者から見た各論の読み方 /渡部 竜也
- 2 優れた研究成果に学ぶ授業づくりのヒント
- (1) 教材としての「地図」の可能性 /中本 和彦
- (2) 教材としての「旅」の可能性 /藤瀬 泰司
- (3) 教材としての「ネットワーク」の可能性 /南浦 涼介
- コラム 編者から見た各論の読み方 /草原 和博
- X 授業づくりにおける教師のゲートキーピングの重要性
- /渡部 竜也
- (1) 社会科教育学者が「国境・国土・領土」の授業づくりを論じることの意味
- (2) 教科書の限界と教師の主体的調整の必要性
- (3) 国境・国土・領土をめぐる授業づくりに向けた提案
はじめに
編者が初めて開いた地図帳の世界地図――おそらく父が高校時代に使っていた古い地図帳だと思われる――。
そこには境界が点線で引かれ、色が全く塗られていない空白の地域があった。統一国家未成立の地。アフリカ西部、アラビア半島、インド北部……今でも鮮明に思い出す。小学生ながらに「どうして?」と親にしつこく尋ねて、困らせた記憶がある。
小学生の私にとって、世界はジグソーパズルの如くたくさんのピースに切り分けられ、一枚一枚が綺麗に色分けされているものと信じていた。境界で美しく分割されていない「秩序を乱す」地域の存在に、なぜか違和感を覚えた。
とかく政治・外交問題化しやすい国境・国土・領土。
この手の問題が社会的に先鋭化しやすい理由は、教育の機能と深い関わりがある。国民国家は、国民教育の使命として、自らの領土とその支配の正当性をつねに語り続けなくてはならない。その主たる舞台が社会科――地理に限らず歴史や公民も――の教室だ。
もちろん国語教科書に掲載された小説、万国旗が張り巡らされた運動会、そして廊下に掲示された国際交流のレポートや世界地図も、その舞台装置となっている。
それぞれのメディアにふさわしい表現と語りかけで国土の成り立ちと世界のカタチが伝えられ、それが自己の生きる空間の海図として、いつの間にか機能している。だからこそ、私たちの国土像、世界像を掻き乱す言説には、直情的に反応してしまう。もしかすると私が小学生のときに覚えた違和感も、この反応の亜種だったのかもしれない。
社会科で扱われる「国境・国土・領土」問題には、いくつかのパターンが予想される。
@既に国家に国土として組み込まれて長く、論点争点が隠されてしまっている。
A現に国境をめぐるせめぎ合いが起きており、双方の論点争点が可視化・焦点化されている。
B未来に向けて国家のあり方を見直すべく、論点争点がつくりかえられようとしている。
米国のハワイやテキサスの歴史は、@の好例だろう。我々は、これらの地の米国への編入を既成事実とみなしがちで、問題の所在にさえ気づかないことが多い。
一方、国境紛争の解決のために国家の壁を取っ払ってきたヨーロッパ連合(EU)は、Bの扱いになるだろう。私たちはEUに、国境問題の存在を乗り越えた国家連合の姿を見て取ろうとするからだ。
右のように国土の描き方・指導の仕方は幾通りも考えられるが、基本的には執筆者の問題意識と立ち位置によって絞り込まれる。例えば――厳密な意味で米国の国土ではない――グアムには、グアム固有の地域史や現地語の教育が存在するという。地域に根差した教育を推進したい専門家らは、グアムの存在をAやBで見せようとするかもしれないが、基本は@であり、そもそも米本土の大手出版社の教科書で、グアムを大きく取り上げて叙述していることは稀だ。
社会科教師は、このような教育内容編成の構造を理解した上で、自らの教材解釈と授業構成を研ぎ澄ましていく必要がある。
本書は右の問題意識に立って「国境・国土・領土」の教育をめぐる論点争点を教科教育学・社会科教育学の視点から捉え直し、そのあり方を提言していくものである。
以下、本書の概略を説明したい。
Tでは、問題の所在を示す。なぜ社会科で「国境・国土・領土」の指導が求められるのか、その理由を原理的に考えたい。
Uでは、教育政策や教育史に注目して、「国境・国土・領土」の指導の経緯を歴史的に確かめていく。
Vでは、世界の教科書や授業構想を取り上げ、「国境・国土・領土」の指導が実際どのように行われているか/いないかを、グローバルな視野から捉え直す。
Wでは、「国境・国土・領土」の本質に迫った近年の優れた実践例とそこに隠された授業づくりのストラテジーを示し、定式化する。あわせて日々の授業づくりを改善していく教材解釈の切り口を提案したい。私たちの生きる世界を可視化した「地図」、国境や国土の広がりや壁を主観的に体感しうる「旅」、国境や国土を物理的・空間的に切り裂いていく交通・通信「ネットワーク」の各視点は、地理的分野はもちろん、歴史や公民的分野の授業づくりにも、たくさんのヒントを提供してくれるだろう。
おわりにXで、「国境・国土・領土」の指導で、我々が見逃してはならない論点争点をまとめる。
右の構成からわかるように、本書は国境・国土・領土をめぐって「何が史実か」「何が正しい主張か」について論じるものではない。執筆者は教科教育学の研究者であり、これらの論点争点について語り得るだけの専門性を有していない。
本書が扱うのは、「国境・国土・領土を、なぜ・どのように教えるか」「国境・国土・領土を教えることには、どのような教育的意味があるのか」「実際の授業づくりにはどのような選択肢があり、各授業にはどのような意義と課題が認められるか」に限られる。
これらの問いは、時事的な関心に直接応えない、かなり遠回りなアプローチに見えるかもしれない。しかし、こういう経路を辿ることが、国際政治や文部行政(とりわけ教科書検定や新法制定など)の動きとは一歩距離をおいて、国境・国土・領土の話をネタに「そもそも社会科とはどんな教科か」「未来の教育、明日の授業をどうするか」に想いをはせる格好の機会になると確信する。
最後に本書の出版を快くお引き受けいただいた明治図書出版の樋口雅子編集部長に、心よりの謝辞を申し上げます。あわせて、本書の構想を全面的にバックアップしてくれた共編者の渡部竜也先生、作画を担当してくれた寺嶋崇さん、原稿のとりまとめを助けてくれた草原聡美に感謝申し上げます。
編著者代表 /草原 和博
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- 明治図書