- PROLOGUE
- /岡本 光司
- Chapter1 生徒の「問い」を軸とした数学授業観
- /岡本 光司
- はじめに ―「有機体」としての数学授業―
- @「問う存在」としての生徒が生きる数学授業
- 1 O.F.ボルノーの人間学的教育学
- 2 生徒の「問い」と数学授業
- 3 生徒の「問い」を軸とした授業構想・構成
- A「問い」が生かされる「クラス文化」のもとでの数学授業
- 1 文化と「クラス文化」
- 2 「クラス文化」と「問い」の意義・働き
- B「参加」することで共に学び合う数学授業
- 1 J.レイブらによる「状況に埋め込まれた学習 ―LPP―」
- 2 「状況に埋め込まれた学習 ―LPP―」を志向した数学学習
- C人間形成のための学力を培う数学授業
- 1 「学力」に関する課題
- 2 「人間形成のための学力」と「Toolとしての学力」
- おわりに ―生徒の「問い」を軸とした数学授業観―
- Chapter2 生徒の「問い」を軸とした数学授業の実践事例
- /土屋 史人
- 中学1年
- 文字と式
- @正方形の花飾りを正三角形にしたら?
- 比例・反比例
- A比例と反比例はどう違うの?
- 平面図形
- B3°の角は作図できるの?
- 空間図形
- C頂点の数+面の数−辺の数=2 この2って何の2?
- 中学2年
- 式の計算
- Dなぜ,計算すると9の倍数になるの?
- 連立方程式
- Eどうしたら,2元1次方程式の解を一つにしぼれるの?
- 三角形・四角形
- F2直線が平行ならば,同位角が等しいのはなぜ?
- 三角形・四角形
- G2つの直角三角形において,斜辺と他の1辺がそれぞれ等しいときに合同になるのはなぜ?
- 中学3年
- 式の計算
- H速算術はどんな仕組みになっているの?
- 式の計算
- I池がなかったら?
- 2次方程式
- Jなぜ,右辺=0にして,因数分解すると解けるの?
- 平方根
- Kなぜ,√2+√3=√5にならないの?
- 関数y=ax2
- L関数y=ax2の変化の割合はa(n+m)なの?
- 円
- M長さが等しい弧って,どうやってかくの?
- EPILOGUE
- /岡本 光司
PROLOGUE
私のものの見方,考え方の中に「問い」というものが重要な意味を持つものとして息づき始めたのは,古代ギリシャ悲劇と出合った学生時代であった。
悲劇作家ソフォクレスの作品『オイディプス王』には人間の尊厳とは何か,真実の追究がもたらすものは何かといった「問い」があり,『アンチゴーネ』には自然法と人為法との対立を通して浮き彫りにされていく人間にとって法とは何かという「問い」があった。その他,古代ギリシャ悲劇の中には血縁とは何か,戦争とは何か,愛とは何かなどなど現代においてなお答えを見出すことのできない人間存在にかかわる壮大にして重厚な「問い」があった。
こうした古代ギリシャ悲劇との出合いは私が数学教育にかかわることになる遥か昔のことであるが,以来,人間の営みにおいて「問う」ということの重要さ,「問い」というものの重さといったものを感じ続けてきた。
そうした私が数学授業に古代ギリシャ悲劇を重ねてみることになったのは,著名な演出家鈴木忠志氏が次のようなことを私に語ってくれたことによる。
「ギリシャ悲劇にあるものは,不可解なものに対する問いかけです。その不可解なものをどう位置づけるか,どう見るかという問いかけです。
それは,元来個人に関する不可解さであるけれど,ひとたび言葉となって発せられると,その不可解さは集団にとっての不可解さとなり,個人の体験が集団としての体験になるんです。そうした不可解さの共有,体験の共有は,人と人とが向かい合うということなんです。」
鈴木氏のこの語りは,私の「問い」への想いに新たな光を与えてくれた。
算数・数学の学習においても,子どもは不可解なものと向き合い,それらが数学学習の中でどう位置づくものなのか,どういう意味と価値を持つものなのかと問いかけているのではなかろうか。
その問いかけは,一人ひとりのものではあるが,それが集団の中で発せられると,一人の子どもの不可解さが集団としての不可解さとなり,一人の子どもの体験が集団としての体験へと広がっていくのではないか。それは,子どもどうしが人として向かい合うことになるのではなかろうか。
こうした考えは,漠としたものではあったが,算数・数学授業における「問い」の意味と価値を考える契機となり,「子どもの『問い』を軸とした算数・数学授業」の研究を進めていこうとする遠因となった。
その後,私は,もう一つ子どもの「問い」の研究へと駆り立ててくれるものに出合った。それは創造性理論における創造過程の研究である。
S.アリエティは,創造過程を次のような4段階に分けている。
「問題発見」⇒「課題形成」⇒「仮説設定」⇒「検証」
ここで注目すべきは,創造過程の第1段階として「問題発見」があるということである。こうした位置づけは他の創造性研究者においても同様である。
このことは,創造力の育成をはじめ数学の学力を高めていくためには,提示された課題を解くだけでなく,その前に何が問題かを見出すことが重要なのではないか,子どもの「問い」はその役割をはたすものになるのではないかということを示唆してくれた。そこから,私の学習観の核となっていく「学びの始点は問うことにある」という信念も芽生えた。
これら二つの思想と理論は,本書で述べていく「子どもの『問い』を軸とした算数・数学授業観」の背景とも,源とも言えるものである。
本書は二つのChapterから成っており,Chapter1を岡本が,Chapter2を土屋が分担した。
Chapter1では,数学授業の基本に据えるべきphilosophy(哲学・理念)とpolicy(方針・指針)を明らかにすることによって,「生徒の『問い』を軸とした数学授業」の授業観がどのようなものであるかを述べていく。
Chapter2では,静岡大学教育学部附属静岡中学校および静岡市立大里中学校で,Chapter1で述べた授業観を基底に据えつつ,生徒の実態に即して生徒の「問い」を組み入れて行った数学授業の実践事例を提示する。
2014年9月 /岡本 光司
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- 明治図書
- 具体的な内容でよい2025/3/2250代・中学校管理職
- 生徒に問いを生み出させるためにどうしたらよいか、考えるたびにこの本を手に取って読んでます。2022/5/3030代・中学校教員
- 「問い」を省察し、数学教育の質の向上に示唆を与える良書である。2015/10/1930代・中学校教員
- 生徒発の授業づくりの参考になりました。2015/6/1940代・中学校教員