- まえがき
- 第1章 キャリア教育の視点を取り入れると特別支援教育はどう変わるべきか
- 1 指導者の意識改革
- (1) 支援の共有
- (2) 教育の原点の追求
- (3) 意識・意欲・主体性の育成
- (4) 存在価値の向上
- @ 岡山県立誕生寺支援学校の事例
- A 愛媛県立みなら特別支援学校松山城北分校の事例
- B 京都府立宇治支援学校の事例
- (5) 社会的役割の引き上げ
- @ これからの交流教育
- A 技能検定
- (6) コミュニケーション力の向上
- @ ことばは重要か
- A 機能するコミュニケーション力とは
- B 知的理解力と行動的理解力
- C コミュニケーション・マインドの重要性
- D 相互作用の成立が重要
- E コミュニケーション力の向上のための指導事例
- 2 教育目標の見直し
- (1) 今までの教育目標
- (2) これからの教育目標
- 3 指導者に求められている4つの支援
- (1) 発達する支援
- (2) 自立する支援
- (3) 適応する支援
- (4) 貢献する支援
- (5) 4つの支援のまとめ
- 4 キャリア教育の理解
- (1) キャリア教育のねらい
- @ キャリア教育が取り入れられた理由
- A 特別支援教育で重視すべきこと
- (2) キャリア教育が特別支援教育に求めていること
- 5 教育課程の見直し
- (1) 教育課程の全体像
- (2) 教育課程の4本柱の指導目標
- @ 日常生活の指導
- A 遊びの指導
- B 生活単元学習
- C 作業学習
- 第2章 キャリア教育の視点を取り入れると「日常生活の指導」はどう変わるべきか
- 1 今までの「日常生活の指導」とこれからの「日常生活の指導」
- 2 意識して行動できる「日常生活の指導」とは
- (1) 指示は必要か
- (2) ことばでの指示の効果を確認
- (3) 人は指示を受けるとどういう反応をするのか
- (4) 映像化できる子どもとできない子ども
- @ 福井県立嶺南西特別支援学校の事例
- A 愛媛大学教育学部附属特別支援学校の事例
- (5) 重視すべきこと
- @ 思考する支援をする
- A 気づく支援をする
- B 正しい確かな行動を身につける支援をする
- 3 「日常生活の指導」とキャリア教育
- 第3章 キャリア教育の視点を取り入れると「生活単元学習」はどう変わるべきか
- 1 今までの「生活単元学習」とこれからの「生活単元学習」
- (1) 生きる力の向上
- (2) 生活の質の向上
- (3) 集団の質の向上
- 2 生活意欲の向上がポイント
- 3 生活意欲を高める「生活単元学習」とは
- (1) 子どもの生活に根ざしたもの
- (2) 子どもの興味・関心の高いもの
- (3) どの子も取り組める活動であること
- (4) 子どもが主体で支援が中心
- (5) 自ら課題を解決する学習の設定
- (6) 意欲の持続がポイント
- 4 「生活単元学習」の効果的事例
- (1) 福井県立嶺南西特別支援学校の事例
- (2) 京都府立宇治支援学校の事例
- (3) 愛媛大学教育学部附属特別支援学校の事例
- 5 「生活単元学習」とキャリア教育
- 第4章 キャリア教育の視点を取り入れると「作業学習」はどう変わるべきか
- 1 今までの「作業学習」とこれからの「作業学習」
- 2 「作業学習」は働く生活の質を高める学習である
- 3 職業生活に貢献できる力(働く意欲)を育てる「作業学習」とは
- (1) 存在価値を高める作業
- (2) 自覚と責任感をもって取り組む作業
- (3) 周りの人に認められる作業
- (4) 真剣さを重視する作業
- @ 愛媛大学教育学部附属特別支援学校の木工作業での事例
- A 高知県立山田養護学校の鉄工作業の事例
- (5) 量よりも質を重視する作業
- (6) 就職したいという意欲を高める作業
- (7) 自己評価を取り入れた作業
- @ 改善すべき事例
- A 高知県立山田養護学校の布工作業の事例
- (8) 信頼関係を高める作業
- 4 職業生活で人に適応する力を育てる
- (1) 職業生活に必要なソーシャルスキル
- @ 基本的生活に必要なスキル
- A 基本的相互交渉のスキル
- B 職業・地域生活でのスキル
- C 認知的・対人行動のスキル
- 5 「作業学習」とキャリア教育
まえがき
今や,キャリア教育は特別支援教育では欠かすことのできない重要な教育として位置づけられ,全国の学校で,その実践に取り組んでいます。なぜ,ここまでキャリア教育がクローズアップされているのでしょうか。
戦後70年,この教育は一貫して生きる力を高める実践を積み重ねてきました。自立,社会参加,就労を実現するための教育の在り方を徹底して追求してきました。この歩みには,誰も異論はないでしょう。むしろ,自分たちで作り上げてきた独自性のある,日本が世界に誇れる教育であると,自信をもっている人も多いでしょう。筆者も事実そう思います。
「これまでの我々が懸命に積み重ねてきたこの教育は,キャリア教育そのものであり,あえてキャリア教育をこの教育に取り入れる必要があるのか」という声も聞きます。まったくその通りなのですが,実践の成果という視点で評価すれば,見直すべき点がたくさんあることに気づきます。これが今,キャリア教育がクローズアップされている最大の理由です。キャリア教育を取り入れることで,この教育を今まで以上に充実,発展させることを願っているのです。
確かに,今までの教育はキャリア教育そのものの教育であり,その成果も出て,多くの子どもたちを実社会に送り出してきました。しかし,その実情を調査してみると,実社会で活動できているのは能力が高く,障害の軽度な子どもが中心で,その他の子どもは実社会での存在感はかなり薄いと言わざるを得ません。果たして,これでよいのでしょうか。教育はすべての子どもに成果が出て,初めて教育の成果と言えます。一部の子どもの成果だけを強調しても教育の成果が出ているとは言えません。まずは,この点での見直しが必要です。
キャリア教育は言うまでもなく,すべての人が質の高い職業生活が送れるようになってほしい,より豊かな人生を送ってほしい,という願いが込められている教育です。ところがです。筆者が,学校卒業後の子どもたちの生活実態を調査してみると,就職ができず,施設や作業所で働いている人はもちろんのこと,就職して職場で働いている人も含めて,ほとんどが質の低い生活を送っています。地域や職場で存在価値を示すことのできない生活を送っているのです。これでは,今までキャリア教育そのものの教育を行ってきたと言っても,キャリア教育の成果は出ていないと言わざるを得ません。この点での見直しも必要です。
我々が今まで進めてきた教育の在り方や指導内容,指導方法に問題はなかったのか,もう一度,キャリア教育の視点で見直してみようということで,今,検討が行われているのです。これまでキャリア教育そのものの教育を行ってきたと言っても,キャリア教育の全体像を大まかにとらえての実践に過ぎなかったのではないか,キャリア教育の部分に視点を当てて,教育の成果と関連づけながら検討,考察してみると見直すべき点がたくさんある,というのが筆者の見解です。
本書は,今,この教育が直面している問題や課題を解決し,今後の教育の方向性を示し,確実に教育の成果をあげることができるようにするためにまとめたものです。障害をもっていても,この世に生を受けた以上は,我々と同じように,生き生きとした生活,生き生きとした人生が送れるようになるのが当たり前の生き方であり,そういう教育を実現するのが特別支援教育です。筆者がキャリア教育を重視するのは,キャリア教育の視点でこの教育を見直すことができれば,多くの子どもたちが,生活の質,人生の質を高めることができると考えているからです。
先に,拙著『勤労観・職業観がアップする! キャリア教育を取り入れた特別支援教育の授業づくり』(明治図書)を出版しました。しかし,学校現場で成果をあげるための実際の指導となると,まだまだわからないところがあるという現場の先生の声も聞きました。そこで,今回は,キャリア教育を取り入れると日々の学習はどこが,どのように変わらなければならないのか,どのように変われば成果をあげられるのか,取り組みの実際を中心にまとめてみました。具体的には,教育目標,教育課程は今後,どうあらなければならないのか,12年間の教育をどのように組織し,実践を積み重ねていけばよいか,また,教育課程の中核である,日常生活の指導,生活単元学習,作業学習は,どういう指導内容,指導方法に変えていかなければならないのかを,実践事例を多く入れながらわかりやすく解説しました。
実践事例については,筆者が,キャリア教育に熱心に取り組んでいる学校を訪問し,実際に見せてもらった中で,特に参考にしてほしいとおすすめする実践の数々を紹介させていただいています。
主な学校は「愛媛大学教育学部附属特別支援学校」「高知県立山田養護学校」「岡山県立誕生寺支援学校」「福井県立嶺南西特別支援学校」「京都府立宇治支援学校」などです。機会があれば,訪問し,指導の実際に触れてほしいと思います。
本書は,4章で構成しています。
第1章では,キャリア教育を特別支援教育に取り入れることの意味と,これからの教育はどこを,どのように変えていかなければならないか,どういう方向に進んでいくべきか,について述べています。キャリア教育の求める,人生の質を高める教育を推進するためには,「存在価値の向上」「社会的役割の向上」「コミュニケーション力の向上」を目指す必要性があることを提言しています。
第2章では,キャリア教育の視点を取り入れると,今までの「日常生活の指導」はどこに問題,課題があり,何を,どのように変えていかなければならないのか,について具体的事例を挙げて述べています。「日常生活の指導」のねらいは日常生活の自立を実現することであり,そのためには内面の育ち,すなわち行動を自ら起こす意識に焦点を当てた指導の大切さを提言しています。
第3章では,キャリア教育の視点で考えれば,生活単元学習の課題はどこにあるのか,指導内容,指導方法は,今後どうあるべきなのか,今まで積み上げてきた生活単元学習のよさを生かしながら,指導の在り方を具体的事例を挙げて述べています。生活の質を高め,生きる力を確かに身につけるためには,体験学習よりも,生活に適応するための学習が重要であることを提言しています。
第4章では,キャリア教育で最も重要な「作業学習」に焦点を当て,今までの「作業学習」は,何が問題,課題で,どこを,どのように変えていかなければならないのか,質の高い「作業学習」とは,どういう取り組みを言うのか,職業生活の質の向上に視点を当て,これからの「作業学習」の在り方について,具体的事例を挙げて述べています。貢献の実感をキーワードに,働く意欲を高めるための具体的指導法を提言しています。
最後に,もう一度繰り返しますが,本書は,能力や障害にかかわらず,すべての子どもたちの人生をより豊かなものにするためには,どのように教育の質,支援の質,そして指導者の専門性の質を高めていけばよいのかについて,具体的な事例を挙げながらまとめています。是非,特別支援教育にかかわるすべての人に読んでいただき,今後の,この教育の在り方,方向性を正しく理解して,意識を変えるきっかけにしてほしいと願っています。
これからの特別別支援教育が,すべての子どもたちが確実に成長,発達する,実のある,充実した教育に発展していくことを心から期待しています。この本がその一助となれば幸いです。
2015年6月 著者 /上岡 一世
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- 明治図書