- はじめに
- 1 基礎からおさえる! 個別最適な学び×協働的な学び×ICT
- 1 おさえておきたい! 「個別最適な学び」の基礎基本
- 2 おさえておきたい! 「協働的な学び」の基礎基本
- 3 ICT端末は「個別最適な学び」「協働的な学び」を促進する
- 4 成功に導く! 教師の役割
- 2 個別最適な学び×協働的な学び×ICT 各教科の授業デザイン
- 1 教科の特性に合わせた授業をデザインする
- 1 国語編
- @ 国語の授業デザイン
- A ICTをふんだんに使おう
- B 実践例6年「インターネットの投稿を読み比べよう」
- C 実践例6年「プロフェッショナルたち」
- D 実践例6年「ヒロシマのうた」
- column1 オムニバス授業
- 2 社会編
- @ 社会の授業デザイン
- A コンテンツ充実の動画サイト
- B まとめこそICT
- C 調べるのは個別+協働 討論は協働
- D 資料提示が変わる ノートが変わる
- E 実践例6年「鎖国をしない方が日本のためになったのでは?」
- F 実践例6年「Jamboardで歴史の流れをまとめる」
- column2 学習問題の型
- 3 算数編
- @ 算数の授業デザイン
- A 自由進度学習の始め方
- B 協働的な問題解決
- C ICT端末でさらに効果アップ
- D 計算もICT端末で
- column3 教える,教えられる
- 4 理科編
- @ 理科の授業デザイン
- A 観察・実験の記録はICTで
- B 学習のまとめを動画で
- C 発展的学習は例示
- column4 ノートの鉄則バン・カイ・ギ
- 5 その他の教科・学級づくり編
- @ 体育は動画で
- A 英語こそICTで
- B 図工の作品紹介を動画,ギャラリー作成で
- C 合奏の練習はパートごとの動画で
- D 時間の使い方も個別最適
- E Classroomと共有ドライブで情報共有
- F 学校行事でICT端末活用
- 6 環境・ルール編
- @ 学習環境・学習習慣も個別最適化
- A 情報モラル
- 3 個別最適な学び×協働的な学び×ICT おさえておきたい効果と課題
- 1 個別最適な学び×協働的な学び×ICTの効果
- 2 個別最適な学び×協働的な学び×ICTの課題
- おわりに
- 参考文献・資料
はじめに
算数の時間。分数の通分の学習です。最小公倍数を分母にする手順について先生が説明しています。
しかし,Aさんは少し飽きてきました。Aさんにとっては,簡単でわかりきっていることを丁寧に先生が繰り返しているからです。(それはもうわかっているって……。早く先に進んでくれて良いのに……。)と思っていますが,それを口にしてしまうと先生に叱られるかもしれないし,周囲の子からもうとましく思われるかもしれないので黙っています。
Bさんは,(え? 最小公倍数って何だっけ? あれ? 7の倍数っていくつだっけ?)と思いながら,先生の説明を聞いていますがさっぱり理解できません。
「じゃあ,練習問題をやってください。」という先生の指示で問題を解き始めます。Aさんは(ようやく,問題か……。でも,これならあっという間に終わりそう。)と,スラスラ解き始めます。Bさんは(ええっ? どうやれば良いんだっけ? 7と5の公倍数? えーっと7×1=1,7×2=14,7×3=21……。)と,1問目からつまずいています。Aさんは5問解き終わって暇そうにしています。Bさんは1問も解けずに混乱しています……。
Bさんが「ねえ,Aさん,ここってどうやったら良いの?」と聞いたら,「Bさん,人の答えを見てはいけませんよ。自分の力でやりなさい。」と先生から注意されました。(えー,わからないから聞いたのに。このままじゃわからないままだよ……。)
社会の時間。「では,日本の農業にはどのような問題があるのか,教科書や資料集を使って調べてみましょう。」と先生から言われました。
Cさんは資料集を開きました。(うわー,漢字が多くてわかりづらー。動画を見た方が良いのになあ。)と,思いながらもなんとか読もうとしています。隣を見ると,Dさんはカツカツと鉛筆を走らせています。「ねえ,どこ見て書いているの?」と聞いたら,先生から「Cさん,自分の力でやりましょうね。」と言われました。(わからないから聞いただけなんだけどな……。)
Eさんは,(日本の農業の問題っていうか,それって実際に農家の人に聞いてみなきゃわかんないじゃん。)と思っています。Fさんは,(そういえばドローンを使った農業とかあったな。そっちを知りたいな。)と興味の方向が変わってきました。でも,みんな淡々と教科書と資料集を使っています。(やっぱ,みんなと同じことをやらないとね。仕方ないか。)
これは,もちろんフィクションですが,こうした光景は日本全国の小学校のいわゆる「一斉指導」で授業を進めている教室で必ず起きていることではないでしょうか。おそらく,このような現象がどこの学校,どこの教室でも起きているのです。なぜなら,子どもたちにはいろいろな「差」があるのに,「同じスピードで」「同じ内容を」「先生が教えて」いるからです。当たり前のことですね。
算数の例では,「学習スピードの差」「既習事項の理解度の差」があります。社会の例では,「学習スタイルの差」「興味関心の差」があります。にもかかわらず,多くの教室で,いわゆる一斉指導が行われているのではないでしょうか。
これを読んでいる先生方に問います。
これまでどおりの一斉指導で良いのでしょうか?
この一斉指導。さかのぼれば明治の学制が始まって以来続けられていることです。先生が黒板の前に立ち(明治時代は掛図だったらしいです。その方が画一的!),子どもたちは全員前を向いて先生の話を聞いて,板書をノートに写す。そんな授業です。今でも見られる光景ですね。なぜ,明治の学制発布以来,ずっと一斉指導が行われてきたのか。それは,産業構造に合わせた教育だったからです。当時は富国強兵の時代。「欧米各国に追いつけー!」の時代です。そのためには工業を盛んにし,軍隊を強くする必要があります。それを実現するには,指導者の言うことを聞く質の揃った優秀な人材を確保することが急務だったわけです。だから一斉指導は指導者の言うことを聞く人材を育てるには実に都合が良かったのです。『わかりましたか?』「はい!」『前へならえ!』「はい!」『右向け右!』「はい!」っていう感じですね。これが,100年以上も続けられてきました。時代は変わっているのに。
もちろん,心ある教師や変革を起こそうとしてきた教師たちは授業を変えてきました。体験を増やしたりユニークな教材を使ったりして,子どもたちの学習意欲を高めてきました。しかし,それは優秀な教師のみが行えることで,多くの教師にとっては難しいことでした。教材の準備に時間がかかったり,発問を考えるのが大変だったり……。しかも,うまくいかないと周囲の教師から批判を受けます。「子どもに勝手にやらせたら収拾がつかなくなる,這いまわっているだけじゃないか。」その結果,やはり多くの教室では一斉指導が続けられることになりました。しかも,トーク&チョークで(笑)。
しかし,それで学校では多くの問題が起こっています。不登校,いじめ,学級崩壊……。これらは,子どもたちの「SOS」ではないかと思います。今こそ,変革が求められているのです。
今は昔と社会の状況が大きく違います。
産業構造が変わり,指導者の言うことを聞くような人材はそれほど必要ではなくなり,幸せの形が人それぞれになり,多様性を受け入れる時代になってきています。教育の現場も多様性を受け入れる必要があるのです。これまでの教えやすさから,学びやすさへの変革が求められているのです。
昭和の終わりから平成にかけて,これにいち早く取り組んできたのが,愛知の緒川小学校に代表されるような「個別化・個性化教育」であり,上越教育大学の西川純氏が提唱した『学び合い』であり,教育学者の佐藤学氏が提唱した「学びの共同体」などです。どれも,子どもたちの学びやすさに着目した教育活動です。ここ20年の間に,少しずつこうした教育が広まりつつあります。
さらには,新しく学校をつくり,こうした教育やオランダのイエナプランにならった教育を行おうとする人たちも現れました。軽井沢風越学園や,大日向小学校です。自治体でイエナプランを実践しようとする事例もあります。
しかし,これは一部の学校や民間教育団体に所属している教師たちの取り組みにとどまっており,やはり多くの教師は一斉指導を行っているのです。
一斉指導を悪者のように書いていますが,一斉指導にも良い点はたくさんあります。まずは,大人数に1回で教えられるという効率の良さがあります。それから,教師がコントロールできるので進度調整がしやすくなります。日本の優秀な教師たちは諸外国に引けをとらないほどの指導技術があるので,学力も高く維持できています。
それでも,一斉指導「だけ」を行っていると,さまざまな弊害があるのは前述のとおりです。ですから,授業デザインや授業のやり方を見直す必要があります。
そして,ついにその授業についての見直しが全国的な取り組みとなる日がやってきました。昨年の1月に出された「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して〜全ての子供たちの可能性を引き出す,個別最適な学びと,協働的な学びの実現〜」という文科省の答申があります。ここでは,「全ての子供たちの可能性を引き出す,個別最適な学びと,協働的な学びの実現」を目指すことが明記されています。
いよいよこうした動きが加速していくのか! と,喜びましたが「個別最適な学び」「協働的な学び」が現場で大々的に行われることはなく,1年以上が過ぎました。少なくとも私の知っている範囲では,まだまだです。このままでは,何も変革がないままに過ぎていくのではないかという危機感をもちました。差があることに対して本質的に解決していくことなく,学習意欲をなくし理解が不十分なままおいていかれたり,能力を十分に発揮できないまま時間が過ぎていってしまったりするような子どもたちが,そのまま見過ごされてしまう。それは何としても避けたいことです。
(省略)(「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して(答申)【総論解説】」より)
そこで,この本です。
私も昔は一斉指導をいかに工夫するか? ということに重きを置いてきました。個人差への対応も一斉指導をベースにしていました。しかし,十数年前からそれには限界があることに気付き,個に応じる学習や協同学習などに取り組んできました。そうしたらどうでしょう。子どもたちは,学習に意欲的に向かい,学びを深めるようになってきました。
そして,今年。勤務校でも本格的にGIGAスクール構想に伴う1人1台端末が実現し,さらに加速しています。「個別最適な学び」「協働的な学び」はICT活用によって,より効果的なものとなりました。
この本は,先進校でもない私学でもない,地方の一公立小学校での取り組みをまとめたものです。裏を返せば,どこの学校でも実現可能なことを載せたものです。私は,教育学者でもないし,大学の研究者でもなく,指導主事でもない,ただの現場の一教師です。しかし,これまで積み重ねてきた実践には説得力があると思っています。私の実践は,最初のエピソードにあったような子どもをいかにしたら減らせるのか,子どもの学びを保障するにはどうしたら良いのか,ということを目指して試行錯誤してきたものです。最終的には子ども自身が自律した学習者になること,自己調整しながら学習を進められるようになることを目標としています。
そして,それはすべての子どもたち一人ひとりが幸福な人生を送れるようにするものです。
「個別最適な学び」「協働的な学び」をどうやって始めたら良いのか? 1人1台端末になったけど,どう活用していったら効果的なのか? という困り感を抱えている先生方のために,「入門」としてこの本を書きました。私がどのようにして「個別最適な学び」「協働的な学び」を行ってきたのか,これをわかってもらい実践していただくことで,全国に輪が広がっていくことを願っております。
2022年11月 /佐々木 潤
ICTを活用しながら、しかし、教科の本質やねらいに向けた様々な実践が参考になります。
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