- まえがき
- 第1章 肢体不自由特別支援学校で「生活単元学習」に取り組もう
- 1 「生単」って,何をする授業なの?
- 2 「生単」ほど魅力に満ちた授業はない
- 3 生活の中には「学問」がいっぱい
- 4 子どもたちの幅広い実態にどう向き合うか
- 第2章 単元のおすすめテーマと年間指導計画作成例
- 1 私が大切にするテーマ
- 2 年間指導計画の例
- 小学部
- 中学部
- 高等部
- 第3章 「生活単元学習」授業展開の実物モデル
- 1 学習指導案作成のポイント
- (1) 五感いっぱいに―何よりも「体験重視」の授業を
- (2) 私の学習指導案の「一番に熱い」ところ
- (3) 私が「期待する生徒の反応」に込めたいこと“教師のメインとサブ”
- 2 そのまま実践できる!「生単」のビジュアル学習指導案
- @「春をさがしに」 中学部 (生単びらき)
- A「突然のお客さま」 小学部高学年 (家庭生活・自立)
- B「会社を作ろう!『金星豆腐株式会社』」 中学部 (キャリア・進路)
- C「はじめの一歩!」 小学部高学年 (社会進出・自立)
- D「野点をしよう!」 中学部 (見識を広げる・我が国の伝統)
- E「お正月を遊ぼう」 小学部低学年 (季節の行事)
- F「アンニョン!韓国からコンニチハ」 中学部 (見識を広げる・国際感覚)
- G「日本の中の埼玉」 高等部 (見識を広げる・地方文化・学校行事)
- あとがき
まえがき
私が「生活単元学習」と向き合うようになったのは,今から10年ほど前のことです。ちょうど肢体不自由特別支援学校の高等部に赴任して,5年目のことでした。それまでずっと通常の教育にあたっておりましたので,当初担当した類型T,Uの教育課程(※注)で専門の国語を教えることには何の問題もありませんでした。ところが,その5年目に類型Vの教育課程を学ぶグループを初めて担当することになったのです。類型Vとは,肢体不自由に加えて他の障害…多くは知的障害を伴う子どもたちに向けて編成した教育課程です。当然,類型T,Uにはなかった生活単元学習もあるわけで,これに私は少なからず面食らってしまいました。今まで経験のない学習だけに,片っ端から生活単元学習に関する書物を探しては読みあさったのですが,肢体不自由特別支援学校に向けたものはとうとう見つけられなかったからです。優れた実践例を参考に授業をつくってやろうと思っていただけに,ずいぶん落胆したものです。
しかし,考えればそれも当たり前のこと。もともと生活単元学習自体が,知的障害のある子どものために生まれた「領域・教科を合わせた指導」の1つでありますから。ほとんどの書物が,知的障害特別支援学校での実践や解説であったのは,当たり前すぎることだったのです。
そこで,私は知的障害特別支援学校の実践例を,私の学校の子ども向けにアレンジしてみようと考えました。ところが,徹底的な相違点に阻まれて,どうにも不可能であることに気づかされます。それは,対象となる子どもたちのあまりにも違う実態です。同じ知的障害がありながらも,思い通りには身体を動かせないというハンデのある私の子どもたちには,たとえアレンジしても満足できるものは1つもなかったのです。
例えば,知的障害特別支援学校の子どもたちなら,大喜びで飛びつく「〜で遊ぼう」という単元。よく聞かれる生活単元学習のテーマです。しかし,移動することや物を掴むことさえが困難な私の子どもたちには,文字通り飛びつこうにも飛びつけない,実に難しいことなのです。一緒に組んだ先生たちも,かつて経験した知的障害の学校で行った生活単元学習を展開するのですが,授業後には「身体が不自由な子には無理だったね」「手指が自由に動かせないと難しいね」とふり返ることも少なくありませんでした。結果として,本来活動的であるはずの生活単元学習は,肢体不自由という障害がある子どもたちを「見たり」「聞いたり」するといった受け身的な立場に置いてしまう残念な傾向にあったのです。きっと,肢体不自由特別支援学校に勤める先生ならば,誰もが少なからず感じることなのではないでしょうか。
知的障害と肢体不自由の生活単元学習は,全くの別物。設定したテーマは同じであっても,ねらいはもとより活動内容や支援方法に至るまで,両者は著しく異なる学習だったのです。
…だったら,創ってしまえばいい。私はさんざん悩んだ末に,そんなふうに開き直ることにしました。知的障害特別支援学校の生活単元学習が,私の子どもたちに合わないのであれば,合う生活単元学習を創り出してしまえばいい。そして,創った授業をストックしていき,いつかそれがまとまることにでもなれば,今の私のように「肢体不自由特別支援学校の生活単元」に困っている人に役立ててもらえるだろう,そう思ったのです。
それからは,生活単元学習では必ず細案を書き,実施の際には写真を撮ることにしました。授業が終わると,その細案に写真を貼りつけて記録していくのです。なかなか思うような授業にはなりませんでしたが,「肢体不自由という障害がある子どもが,生き生きと学べる生活単元学習」を目標に試行錯誤を繰り返すうち,次第に私の授業を楽しみにしてくれる子どもたちが増えていきました。また,一緒に指導・支援にあたる教師仲間も,生活単元学習は面白いと言ってくれるようになったのです。さらには,私の指導案で類型全体の合同授業を展開してくれたり,他学年や他学部の先生が「ウチでもやってみたい」と指導案を持ち出してくれるようになりました。子どもたちだけでなく,生活単元学習の授業が楽しいと言う先生が増えることはとても嬉しいことでした。授業とは子どもと教師が一緒につくるものですから,子どもだけでなく教師もそれに楽しく没頭できることが理想です。そして,何よりも「役立ててもらおう」という当初の願いが現実になりつつあるのですから。
保護者の方たちにも,積極的に生活単元学習の授業を公開することで,その大切さと楽しさを理解してもらえるようになりました。実を言うと,時間数も多い生活単元学習はそれまであまり歓迎されているとは言えない授業だったのです。
本書の指導案にもたびたび登場する鍛冶谷くんは,現在では立派に自立生活を送る卒業生です。以前からその生活ぶりを自身のブログに綴っているのですが,それに彼のお母さんがこんなことを書いてくれていました。私の生活単元学習に対する,最大の理解と賛辞です。
2010年2月10日 今日の日記
今日は生単で斉藤先生がコタツに入った。寄宿舎のコタツを借りた。普通はちゃんと貸してくださいって言うけど,ちゃんと言ったのか? お母さんが写真撮ってたら,注意された。
***母より***
斉藤先生がコタツに入ったとありますが,別にさぼっていたわけではありません(汗)。今,生活単元の授業では日本の各地を勉強していて,この日は「東北地方」の授業。寒がりの東北人(斉藤先生)の部屋にコタツがあるという設定でした。普通の地理の授業なら,地図帳を開き,県庁所在地や特産品などを頭に入れるだけになると思うのですが,生活単元学習の授業になるとかなり違ってきます。北海道や東北地方を学ぶ授業では子どもたちの頭上に雪が降り,その地方の人が出てきて目の前で方言を喋り,その地方の歌や踊りを一緒に楽しみ,郷土料理を作って食べる。子どもたちが五感を目一杯使い,本物もしくは限りなく本物に近い教材に触れ,体感を通して「生きる実践力」を学んでいく…生活単元学習はそんな授業なのです。
様々な考えがあるとは思いますが,私個人の考えとして生活単元はどの授業よりも我が子にとって最も重要な授業だと思っています。卒業後に逞しく楽しんで生きていく力を養う…文字を読むより数を数えるより大切なことではないかと私は思っています。面談の時に先生に冗談半分,本気半分で「国語も数学も英語もいらないから全部生活単元の授業にしてほしい」と言ったこともあるくらいですから(^_^;)
手間と愛情を惜しみなく注がれた生活単元の授業を受けられるのもあとわずかになってしまいました。今度は今まで学んできたことをいよいよ実践していくのです。きっと逞しく楽しんで,この先の人生を歩んでいってくれると思います。素晴らしい授業をどうもありがとうございました。
「明日なにしよっかなー? すてきな人に出会える岱季の日記」より
(http://blog.livedoor.jp/daiki_0127/……ぜひ,のぞいてみてください。興味深いですよ。)
さて,本書のことです。本書は,生活単元学習の指導の傾向や指導案の形式などを考察しようとする本ではありません。まして,生活単元学習の歴史や教育課程上の位置づけなどの詳細を解説するといった本でもありません。私自身が研究者ではなく,ただの一教師ですので,多くの間違いもありましょうし不勉強なところもあります。生活単元学習に対して誤った理解もあるかもしれません。生活単元学習を解説することなど,私にできるはずがないのです。
そのかわり,私は「生活単元学習にもっと別なアプローチはないのだろうか?」と(かつての私のように)悩んでいる先生方に,様々な実践例を提示することができます。
私が,「知的障害特別支援学校の生活単元学習のコピーで子どもたちの目が輝かないのなら,独自の生活単元学習を再構築すればよい」と考え,「肢体不自由特別支援学校で学ぶ子どものための学習指導案」を書きためてきたことは,前述した通りです。あらためてそれらの指導案を数えてみると,長短含めて64単元ほどの生活単元学習を創ってきたことがわかりました。本書には,その中から小学部,中学部,高等部で行った8単元を選んで,そのまま掲載しました。それら指導案は,授業の回数にして46回分になります。すべては肢体不自由の障害がある子どものために創った生活単元学習でありますが,特別支援学級も含め,他の特別支援学校でも活用できるアイデアはあるはずです。読んでいただいて,「そうか,こんなアイデアもあるんだ!」「この授業はウチでも使えそうだ!」と,本書を片手に授業を展開してもらうことができたら,それ以上に嬉しいことはありません。そのためにも…そのまま実践に移せるようにと,指導案には教師の発問を「セリフ」として,教材や使用した材料は分量も含めて全てを記すようにしました。また,写真や図をできる限り多く掲載して具体的なイメージを持てるようにもしました。それらは,本書のコンセプトとした「現場である教室に寄り添う指導案集」に基づいてのことなのです。
本書は,肢体不自由の障害がある子どもたちに対し「どんな生活単元学習がいいのだろう」と迷っている先生に向けて作られました。「どんなテーマなら子どもたちは生き生きと学ぶのだろう」と悩んでいる先生に読んでもらおうと作られました。生活単元学習は,身体が思うように動かない肢体不自由という障害がある子どもたちにも,実に有意義で有効な学習活動です。身体は思うように動かせなくても,彼らなりの活動的で生産的な授業は実現できるのです。
これまで生活単元学習を行っても,子どもたちの反応に満足できなかった先生方に,これらの実践をぜひ試していただきたいと思っています。きっと,子どもたちは「その週一番の楽しみ」を,大好きな生活単元の授業だと言ってくれるはずです。それこそが,研究者ではなく「授業実践者として子どもたちに貢献したい」と思っている私の何よりの願いなのです。
2016年2月 /斉藤 正志
(※注)「類型T,Uの教育課程」というのは,埼玉県独自の呼称です。肢体不自由の障害がある児童生徒は,知的障害などの影響も受けてその実態は様々です。そこで,肢体不自由者である児童生徒に対する教育を行う特別支援学校では4つの教育課程を編成し,その基本分類を類型T,U,V,Wと呼ぶのです。類型T,Uの教育課程で学ぶのは,知的障害の影響を比較して受けていない児童生徒で,当該学年に準ずる教育課程や,各教科の目標や内容の一部(または全部)を下学年や下学部のものに替えた教育課程を履修します。ごく簡単に言えば,特別支援学校の高等部3年生が通常の高等学校3年生に準じた学習を行うのが類型T,障害の状態等に応じて目標や内容をやさしくして履修するのが類型U,そして,各教科を知的障害者に対する教育を行う特別支援学校の教科に替えたのが類型Vの教育課程です。生活単元学習を含む領域・教科を合わせた指導が,類型Vの教育課程でのみ行われる理由です。なお,類型Wは自立活動を主とする教育課程を指します。
-
- 明治図書