- はじめに
- wasからwieへ
- 1章 器械運動の指導法
- 1 運動指導と運動観察力
- 2 「はじめは大きく」,「真下から小さく」,「最後に手を握りかえて!」
- 3 指導法の例:「落差法」を使った開脚前転と伸膝前転の指導
- 2章 技の解説と指導のポイント
- マット運動
- 1 授業を行う前に
- いろいろなマット遊び
- 1 いぬ歩き
- 2 くま歩き
- 3 あざらし
- 4 しゃくとり虫
- 5 うさぎ跳び
- 6 かえるの足打ち
- 7 かえるの逆立ち
- 8 壁登り逆立ち
- 9 手押し車
- 10 アンテナ(背支持倒立)
- 11 支持での川跳び
- 12 ブリッジ
- 13 丸太転がり
- 14 だるま転がり
- 15 ゆりかご
- 16 前転がり
- 17 後ろ転がり
- 3〜6年のマット運動
- 1 前転
- 2 大きな前転
- 3 開脚前転
- 4 伸膝前転
- 5 跳び前転
- 6 後転
- 7 開脚後転
- 8 伸膝後転
- 9 後転倒立
- 10 壁倒立
- 11 頭倒立
- 12 倒立
- 13 倒立前転
- 14 側転
- 15 川跳び側転
- 16 側方倒立回転(腕立て側転)
- 17 前方倒立回転
- 18 首はね起き
- 19 頭はね起き
- 鉄棒運動
- 1 鉄棒運動の種類
- 2 授業を行う前に
- 鉄棒を使った運動遊び
- 1 支持・向きかえ
- 2 ぶら下がり
- 3 揺らし・振り
- 4 跳び上がりや跳び下り
- 5 易しい回転
- 3〜6年生の鉄棒運動
- 1 基礎感覚や能力の確認
- 2 かかえ込み前回り
- 3 前方支持回転
- 4 膝掛け振り上がり
- 5 膝掛け上がり
- 6 逆上がり
- 7 後方支持回転
- 8 後方片膝掛け回転
- 9 前方片膝掛け回転
- 10 前回り下り
- 11 転向前下り
- 12 片足踏み越し下り
- 13 両膝掛け倒立下り
- 14 両膝掛け振動下り(こうもり振り下り)
- 15 いろいろな下り方
- 跳び箱運動
- 1 跳び箱運動の種類
- 2 授業を行う前に
- 跳び箱運動を使った運動遊び
- 1 またぎ越し
- 2 踏み越し
- 3 腕立て跳び上がり下り
- 4 ウルトラマン跳び
- 3〜6年の跳び箱運動
- 1 基礎感覚や能力の確認
- 2 基礎技能づくり
- 3 開脚跳び
- 4 かかえ込み跳び
- 5 台上前転
- 6 首はね跳び
- 7 頭はね跳び
はじめに
今から半世紀近く前(1972年)のことです。当時,東京教育大学(現筑波大学)体育学部の1年生だった私は,小・中・高の12年間では,まったく経験したこともない“すごい”体育授業に出会ったのです。それは金子明友先生(筑波大学名誉教授)の器械運動の授業でした。
当時,金子先生は歴代オリンピックチャンピオンを育てられた体操競技の世界的に著名な指導者でした。しかし,すでに10年近くの体操競技経験があった私にとっては,学校体育の教材だけを行う器械運動の実技は何の負担にもならず,はじめはけっこう気軽な気持ちで先生の授業にのぞんだように記憶しています。
第1回目の授業はマット運動の前転でした。私たち体操部員は,大柄な柔道部やバスケット部の仲間がいかにもつらそうに回っているのをしりめに,涼しい顔でくるくると前転を繰り返していました。すると金子先生が,「今から白石を,前転ができないようにする」と言われたのです。それを聞いた私は,「そんなバカな,どんなことがあっても前転ぐらいはできる」と思いました。次に先生は私に,「お前,小学生のころに前回りではボールのように丸くなれと言われなかったか」と問われました。「はい,言われました」と私が答えると,今度は「じゃあ,本当にボールのように丸くなってみろ」と言われたのです。
そこで小さく丸くなってみました。そこまでやってやっと気づいたのです。ボールのように丸くなっただけでは何も起こりません。回るどころか,ピクリとも動けないのです。体操には自信のあった私でさえ,いや私だからこそ誤った常識に縛られていたのです。今でも前転の授業のときに,先生が「いいかい,今日やる前回りは,このボールのように丸くならないと回れないんだよ」と言ってマットの上でボールをころがします。たしかにボールはころがりますが,そこにはトリックがあります(先生自身はトリックだと思っていませんが)。ボールは自分でころがっているのではなく,先生の手の力によってころがされているのです。もしも,ボールのように丸くなって前転しようとするなら,いちいち先生が押さないところがらないということになってしまいます。
このときの体験は強烈なものでした。その後で,金子先生が前転について説明をされ始めると,私は自分の顔から血の気が失せていくのを感じました。先生が説明される前転の技術ポイントについて,私はまったく何も知らないということに気づかざるを得なかったのです。
「できる」ということと「わかっている」ということの間に,これほどの隔たりがあるということもはじめて知りました。また自分でやれるということと,他人を教えるということがまったく違うということも,このときわかりました。さらにまた,運動には必ずそれが合理的にできるための技術というものが存在し,それを使わなければ,たとえオリンピックチャンピオンでも前回りすらできなくなってしまうということも教えていただいたのです。
まさに眼からウロコが落ちる思いでした。それから半年間続いた金子先生の器械運動の実技授業は,毎回が驚きの連続でした。そしてそれまで経験した,「ただできさえすればよい」という体育実技の授業と異なり,指導者養成のための実技授業,つまり運動教材の構造解説や技術,それに基づく最新の指導方法論,さらには「結果の違いを生み出す経過の違い」の見抜き方などをすべて網羅した実技授業というものがあることも教えていただいたのです。
その後,私は金子先生の元で,のべ10年にわたって器械運動や体操競技の指導法とスポーツ運動学を学ぶことができました。そうした学びを終えた後,わたしは1982年に福島大学教育学部保健体育科に赴任したのです。教育学部というのは,教員養成を目的とした学部です。ですから保健体育科の教員の役目は,小・中・高で体育を教える先生を育成することでした。金子先生から10年にわたって指導を受けていた私は赴任当初から,そうした学部で行われる体育の実技授業においては,ただ運動ができればよいというのでは不十分だと考えていました。学校で扱われる運動教材ができることは不可欠ですが,それ以上に将来,先生となったときに,その運動を子どもたちにいかに上手に教えることができるかという力,つまり指導する力を養う必要があるはずだと考えたのです。
こうしたねらいをもって行ってきた私の器械運動の授業は,35年間にわたって学生たちから好評を得ることができました。それは,「できなかった人がたちどころにできるようになるだけではなく,その方法を自分たちも使って同じように教えられるようになる魔法のような授業」という声に代表されるでしょうか。
私は2017年の3月末に35年間勤めた福島大学を退職し,現在は岐阜の朝日大学に新設された健康スポーツ科学科の教授として勤務しています。福島大学を去るにあたって,かつての教え子たちから「白石先生の器械運動の本を出してください」という声を多数いただきました。そうした声を受けて,私もこれまでの授業の集大成となるような本を書いてみる気になりました。
今回は,20年以上前に私の授業を受け,卒業後は小学校の先生として長く勤務してきた吉田貴史先生に共同執筆者になっていただきました。先生には,長年の小学校教員としての指導経験を踏まえて,私の教員養成用の授業内容を小学校の先生方に使っていただきやすいように再構成していただきました。本書に掲載されている連続写真のモデルには,新体操の全日本チャンピオンである臼井優雅選手(中京大学大学院)に,また撮影と連続写真の作成は,OKB体操クラブの坂本匡コーチに協力していただきました。この場を借りて心からお礼申し上げます。
朝日大学教授 福島大学名誉教授 /白石 豊
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