- はじめに
- 1 基本原則を踏まえる
- 1 学級崩壊の正体
- 2 すぐにできる「働き方改革」
- 3 指導力のある教師が知っていること
- 4 学級経営の基礎
- 2 気になる行動のメカニズムを理解する
- 1 子どもたちの支援は理解から始まる
- 2 “気になる行動”はどこで起こっているのか
- 3 クラスはこうして荒れていく
- 4 子どもの願いと対応
- 5 クラス全員が“気になる子”
- 3 成功における「常識」を知る
- 1 成果を上げるための「常識」
- 2 あなたの仕事における信頼の優先順位
- 3 なぜ,あなたのクラスは落ち着かないのか
- 4 助け合いを「美談」にしない
- 4 教科指導で学級経営をする
- 1 ある算数の授業から
- 2 子どもたちが動き出すシステム
- 3 改革のメッセージ
- 4 やる気を引き出せない教師たち
- 5 いじめ指導に強くなる
- 1 いじめは起こるべくして起こる
- 2 「見ないふりをする」教師,「指導できない」学校
- 3 なぜ,大人はいじめに気付かないのか
- 4 「いじめの芽」を育てるクラスと摘み取るクラス
- 5 いじめに立ち向かう最良の方法
- 6 本当に必要なものを育てる
- 1 新時代の教師の力
- 2 厳しい挑戦の時代に必須の能力
- 3 教え子を「ゆでガエル」にすることなかれ
- 4 クラス会議の進め方
- おわりに
はじめに
令和が始まりました。私は,平成元年に小学校の教師として採用されましたので,平成と同じだけ教師という仕事をさせていただいたことになります。平成は30年ほどの年月でしたが,世の中は驚くほど変化したように思います。恐らく後になって,平成は日本の在り方の転換点だったと記憶されるのではないかと思っています。みなさんにとって平成はどんな時間だったでしょうか。一般的には,平成は平和な時代だったと言われます。確かに国内を見れば,武器を使った戦争はありませんでした。そういう意味では平和だったのかもしれません。しかし,海外に目を移せば,戦争のない年はなかったと言っていいくらい各地で武力衝突は起こっています。
視線を国内に戻せば,武力を使った戦争こそ起こりませんでしたが,平成不況と呼ばれる,バブル崩壊後から続く先の見えない経済失速,それに伴う,「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われた世界最高の水準を誇った日本製品,それを生み出した日本企業の凋落,そして,立て続けに起こっている自然災害などを見ても,「平和」と言っていいのか議論の分かれるところでしょう。本書は,台風19号によってもたらされた甚大な被害が報道される最中に執筆しています。
また,何よりも平成に入ってから特筆すべきことと言ったら,2008年を境にして日本が人口減少期に入りました。日本はこれまで大幅な人口減少を経験したことがない国です。そこら辺の事情は既に拙著に書きましたが,人口減少に伴い,様々なリスクが予想されています。ゆっくりと確実に暮らしが蝕まれていく状況を,河合雅司(2017)は,「静かなる有事」と表現しました*1。有事とは,戦争状態を指すことが多いですが,大規模な自然災害なども含む非常事態にも使用される言葉です。今の日本が,徐々に迫り来るリスクに対して本気で準備しているようには見えないのは私だけでしょうか。
こうした生活の変化,それに伴うリスクは,高齢者よりも働き盛り世代,それよりも若者世代,そしてさらに,みなさんが教え育てている子ども世代に向かうに従って深刻度を増すと言われています。こうした混迷の時代の教育はどうあるべきなのでしょうか。
平成の教育界を眺めるとそのスタートは,とにかく,授業のテクニック,授業のネタが注目される,「どのように(HOW)」を求める時代でした。哲学や思想を大事にしていた教師の関心が「やり方」に集まっていった時代でもあります。教師が「やり方」を求めた背景の一つには,不安があると見ています。みなさんも初めてのことをやらねばならないときに,「どうやるの?」と尋ねることでしょう。平成は,学級崩壊に象徴されるように,子どもたちが教師の言うことを聞かなくなった時期でもあります。「言うことを聞かない子どもたちをうまく動かすにはどうしたらいいか」ということに関心が集まったのです。
私は授業のテクニックやネタなどの教育技術は不要だとは思いません。むしろ,そこを一生懸命に学ぼうとしてきた者の一人です。今もこれからも教育技術を学び続ける必要があると確信しています。しかし,一方で,今そしてこれからの教育界は,テクニックやネタだけでは課題を乗り越えることが不可能になってくることも知っています。多様化が進んだ世の中では,全国同じように,また,先輩と同じように,また,隣のクラスと同じようにやってもうまくいかないのが事実です。私たちが時代の変化を乗り越え,教育者として成果を上げ続けるにはどうしたらいいのでしょうか。
私が講座の冒頭でよく引用する言葉に,オリンピック金メダリスト,ラニー・バッシャムの言葉があります。バッシャムは,ライフル射撃の選手として,ミュンヘン・オリンピック銀メダル(1972年),スイス世界選手権優勝(1974年),モントリオール・オリンピック優勝(1976年),ソウル世界選手権(1978年)で優勝した「最強」と呼ばれた選手です。そんな彼ですが,子どもの頃は,いろんなスポーツに取り組みましたが,悉くうまくいきませんでした*2。しかし,あるときライフル射撃に出会い,1日5時間,週5日のトレーニングを10年間続けました*3。彼は言います。
「勝者とそれ以外の人とを隔てるものは,たったひとつ,『考え方』だけです。勝者は考え方が,他の人たちとは違うということです。わたしが知っている勝者たち全部にあてはまる回答は,これしかありません*4」
目標の達成を「勝つこと」と表現するならば,教師が教育的成果を上げることは,教師にとって「勝つこと」だと言っていいのではないでしょうか。技術とは目的があってこそ,その役目を果たすものです。よく切れる包丁が優れた道具になるのは,おいしい料理をつくるという目的があるからこそです。性能のいい車が優れた道具になるのは,速く安全に行き先に到着するという目的があるからこそです。正しい目的なき高性能な道具は凶器にすらなり得ます。つまり,方法や道具の正しさは,その目的の正しさで評価されるのです。
平成を教師として過ごしてきた私から見ると,平成という時間は教育においては,「やり方」への関心が肥大化した,目的を見失った時代だと言うことができます。私の目には,学力調査を中心にした学力向上も,働き方改革も目的なき方策に見えます。テストの点数を上げること,働き方を変えることが目的化されてしまっているように見えます。目的の質を上げるのも,目的を達成するのも,考え方です。考え方を誤れば,たとえ順調に目的地に着いたとしても,それは誤った目的地に順調に到着したというだけの話です。
本書は,学級担任が学級経営力を高めるための「考え方」を示しました。もちろん,方法論も示してあります。ただし,それは考え方を理解していただくための例示です。やり方は汎用性が高くはありません。教室は,変化に満ち溢れています。昨日役に立ったやり方が,今日うまくいかないといったことが起こります。この子にうまくいったやり方が,あの子にうまくいかないといったことが起こります。しかし,考え方が理解できれば,応用ができます。理屈を知っていれば,変化への準備ができます。
考え方を身に付けることで,変化に強いタフな教師になることが可能なのです。学級経営に重要だと思われる6つの側面から,学級を育てる為に必要な考え方をまとめました。関心のある章からお読みくださって結構ですが,余裕のあるときには最初からお読みになることをお勧めします。多岐にわたる学級経営の全体像を掴むことができるでしょう。
2020年3月 /赤坂 真二
参考・引用文献
*1 河合雅司『未来の年表 人口減少日本でこれから起きること』講談社現代新書,2017
*2 ラニー・バッシャム,藤井優『メンタル・マネージメント 勝つことの秘訣』メンタル・マネージメント・インスティテュート,1990
*3 前掲*2
*4 前掲*2
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