- まえがき
- 第1章 「ワーキングメモリ」と学習の基礎基本
- 1 ワーキングメモリはエラーする
- 2 ワーキングメモリには言語領域と視空間領域がある
- 3 ワーキングメモリには「保持」と「処理+保持」がある
- 4 ワーキングメモリと長期記憶は区別されるが関係は深い
- 5 ワーキングメモリを可視化するテストバッテリを組む
- 6 ワーキングメモリは年齢により変化する
- 7 ワーキングメモリは学習に影響を与える
- 8 ワーキングメモリと学習の困難は複雑に関係する
- 9 ワーキングメモリの働きを妨げるものがある
- 10 ワーキングメモリと実行機能には深い関わりがある
- 11 ワーキングメモリは様々な情報を統合する働きがある
- 第2章 「ワーキングメモリ」に配慮した学習づくり
- 1 ワーキングメモリの概念を学習支援に生かす
- 2 長期記憶を活用する
- 3 注意の焦点化を適切にする
- 4 言語・視空間に配慮する
- 5 学習のプロセスを理解する
- 6 言葉を増やす
- 7 再認学習を活用する
- 8 長所を活用し短所を補償して読み学習を進める
- 9 漢字の覚え方を工夫して書き学習を進める
- 10 読解困難の原因を分析する
- 11 読解学習を支援する
- 12 作文学習を支援する
- 13 英語の読み書き学習を支援する
- 14 算数障害の状態と要因を探る
- 15 算数学習を支援する
- 16 一課題一目的を心がける
- 17 メモが難しいことを理解する
- 18 視写の難しさを支える
- 19 やる気なのか?困難なのか?両者にアプローチする
- 20 学習は当該学年の「できるところ」から行う
- 21 意味が分かってから名前をつける
- 22 リズムよくクイックレスポンスする
- 第3章 「ワーキングメモリ」を鍛える学習アイデア
- 1 ワーキングメモリを「鍛える」
- 2 ワーキングメモリについて知る
- 3 ゲームの活用:情報の処理と保持を体感する
- 4 ゲームの活用:視空間領域を体感する
- 5 ゲームの活用:方略を体験する
- 6 ゲームの活用:方略を実行する
- 7 パニックを減らす
- 8 同じタイプの人を知る
- 9 記録を取る
- 10 学習のやり方を知る
- 11 変えられないもの、変えられるもの、がある
- 参考文献
まえがき
私は学習や社会生活力に困難のある子どもへの支援を行う中で、ワーキングメモリに弱さがある人にたくさん出会ってきました。ワーキングメモリとは何かの目的のために必要な情報を一時的に覚えておく記憶の働きです。そこに著しい弱さがあると学習や社会生活で困難が生じることがあるのです。ある子どもはどこにでもいる小学生でしたが、物事を忘れやすく学習に困難がありました。ある人は難関大学に合格する学力がありましたが、どの試験管に何の試薬を入れたのかを覚えられず在学中からひきこもっていました。別の大学生は極度な忘れっぽさを補って余る人間性と努力によって順調な学生生活を送りましたが、就職が決まった後にミスから、単位が一つ取れずに卒業延期となりました。発達障害や知的障害、肢体不自由、病弱のある子どもにおいてもワーキングメモリに弱さのある場合があります。
ハサミやドアノブの位置が、右利きの人に合わせてあるために左利きの人が不便を感じるように、学校や社会はワーキングメモリに弱さのない人を前提として作られていて、ワーキングメモリに弱さのある人は学びづらく生きづらいものです。
このようなワーキングメモリに弱さのある子どもへ適切な支援を行うためには、ワーキングメモリの理論とそれに基づく支援について知ることが支援者を支える力になります。かつてある学校の先生から、理論はすぐに役立たないという趣旨から「理屈はよいからやり方だけを教えてほしい」と言われたことがあります。確かに理論的なモデルについての論文を読んでも、今、目の前の作文に困難がある子どもへの支援の方法が具体的に分かるわけではありません。それでも理論と実践は切り離すことはできません。私にとって例えるなら理論とは方位磁石のようなものです。どの方向に進めばよいのかを教えてくれます。目の前の山や川をどうやって越えていくのかは教えてくれませんが、それを考えて実行し地図を作っていくのは実践に携わる人(理論家であっても実践家であっても)の仕事であると思います。その作業においてやっぱり方位磁石は欠かせないのです。
本書ではこのような考え方に基づき、実践のためにワーキングメモリの理論をどう理解するのか、ワーキングメモリの理論に対応させた実践をどう作るのかを説明しました。ワーキングメモリに弱さのある人の生きづらさと学びづらさが軽減するとともに、支援者の「どう支援したらいいのか?」という困惑が少しでも減少することにつながれば幸いです。
著者 /河村 暁
ワーキングメモリについて学びたい、と思う者にとっては必読の一冊に間違いないだろう。