- はじめに
- 喜沢小実践の背景にある理論―インクルーシブ教育と多層型支援システム
- 戸田市教育委員会が目指す「特別でない、特別支援教育」
- 喜沢小学校が大切にしたこと
- 第1章 スクールワイドPBSの導入と学校の変化
- 1 スクールワイドPBSとは
- 児童主体で取り組むPBSに
- 2 スクールワイドPBS導入期
- 導入の背景
- 導入の実際
- 3 スクールワイドPBSにおける実際の取り組み
- 児童と共につくる「キャンペーン」
- 4 スクールワイドPBSにおける教員の取り組み
- 教師キャンペーンの進行
- 校内研修のアップデート
- ■スクールワイドPBSを導入する上でのポイント
- ■Column 喜沢小学校座談会@ PBS導入の経緯と展開
- 第2章 「行動の三層支援」と教員の指導の変化
- 1 「ケース会議」の課題を分析する
- サポートミーティング設定の経緯
- 2 サポートミーティングのシステム化
- 「ケース会議」から「サポートミーティング」へ
- 3 外部連携でさらに質を高める
- 教員のスキルアップでより充実した第三層支援へ
- 4 外部連携による三層支援の成果
- 具体的な支援と児童の変化の様子
- ■個別的な支援(第三層支援)をする際のポイント
- 第3章 学びの多層型支援とRTIによる個の伸びへの転換
- 1 RTI(Response to Intervention/Instruction)とは
- 授業の在り方をチームで検討する多層型支援
- 2 学びの支援を「多層型」に
- 学習面における多層型支援の取り組み
- 3 RTIミーティング進化期
- これまでの課題を受けてのRTI改善
- 4 第一層支援としての個別最適な学び
- オンライン・ICTツールの活用(令和2〜3年度)
- 5 学校研究としての個別最適な学び全面実施
- 「一層支援プロジェクト」推進(令和4〜5年度)
- ■Column 喜沢小学校で取り組む個別最適な学びについて
- ■Column 喜沢小学校座談会A チームで取り組むRTIと個別最適な学び
- 第4章 多層型支援のための校内支援体制
- 1 学校課題研究を軸とした校内組織と働き方改革
- 新たな学校づくりに「全員で」挑む
- 2 「ぱれっとルーム(校内サポートルーム)」の活用
- 学びの場を選択する仕組み
- 3 多様性の理解と尊重を育む教育活動
- すべての児童のウェルビーイング
- 4 脱・自前主義
- 外部との連携・伴走体制をつくる
- ■多層型支援のための校内支援体制を構築する上でのポイント
- おわりに
- 校長として
- 指導主事の立場から思うこと
- 喜沢小学校に伴走をしてきて思うこと
- 参考文献一覧
- 執筆者一覧
はじめに
喜沢小実践の背景にある理論―インクルーシブ教育と多層型支援システム
/野口 晃菜
喜沢小学校との出会い
喜沢小学校との出会いは2020年。指導主事の藤本さん経由で「子供の問題行動を減らすために、助言がほしい」と連絡があり、私は「子供の問題行動に着目する前に、学校そのものの在り方を再検討しませんか。スクールワイドポジティブ行動支援(以下、スクールワイドPBS、詳しくは第1章参照)の導入が良いかもしれません」と回答をしました。おそらく期待されていた回答とは異なる回答だったと思いますが、校長先生は「詳しく知りたい」とのこと。スクールワイドPBSの紹介をし、喜沢小での導入が始まりました。
導入から2年が経った時、「スクールワイドPBS導入後、子供たちは楽しく過ごしている。先生たちは『問題行動の原因は子供にある』と思わなくなり、子供への接し方や学校文化も変わってきた。けれど、子供の授業の理解度は依然低い。何か手立てはないか」と連絡があった時には、「Response To Intervention(以下、RTI)があります」とまたカタカナ語を伝えました(RTIについては第3章参照)。
いずれも私はエッセンスのみ伝え、その後は先生方が主体となり、どんどんブラッシュアップされ、喜沢型の教育システムが日々更新されていました。本書は喜沢小学校が子供と教員のウェルビーイングのために実践してきたたゆまない試行錯誤のプロセスをまとめたものです。もちろん今が完成形ではなく、先生方は今も更新をし続けています。
まず、喜沢小実践の背景にあるインクルーシブ教育と多層型支援システムについて解説をします。
インクルーシブ教育とは
私はインクルーシブ教育の専門家です。インクルーシブ教育は「障害のない子供と障害のある子供が同じ場で教育を受けること」と解釈されることが多いですが、それだけではなく、多様な子供がいることを前提として教育の在り方そのものを改革し続けるプロセスそのものです。学校には、障害や病気のある子供、性的マイノリティーの子供、外国にルーツのある子供、家族と同居していない子供など…多様な子供がいるにもかかわらず、今の学校はマジョリティに偏ったつくりになっています。例えば、男・女どちらかに当てはまることが前提になっていたり、口頭のみでの指示を聞くことが前提になっていたり。インクルーシブ教育においては、子供たちの多様性に合わせて、学校の在り方そのものを変革します。喜沢小学校での実践は、「子供の多様性に合わせて学校の枠組みや自分たちの接し方を変える」ということを徹底しています。本書における喜沢小学校の試行錯誤は、日本におけるインクルーシブ教育を推進する上でのヒントを提供してくれます。
多層型支援システムとは
喜沢小学校は、「すべての児童が『学校生活が楽しい』『学びが楽しい』と言える学校」を目指し、スクールワイドPBSやRTIを活用して学校改革をしてきました。スクールワイドPBSとRTIは、統合して「多層型支援システム」と呼び、現在欧米を中心とした多くの国で導入されています。多層型支援システムでは、子供たちを「支援が必要な子供」「支援が不要な子供」と最初から判別して、要支援の子供のみに支援をするのではなく、通常の学級においてすべての子供に対し、多様な子供がいることを前提とした授業づくりや学級づくりをします(第一層支援)。第一層支援のみでは十分ではない子供に支援を徐々に付け足していき(第二層支援、第三層支援)、その支援が子供にとって有効だったかどうかを評価し改善をする仕組みです。子供の「できる」「できない」は子供個人が要因ではなく、環境(指導や支援の仕方)とのかけ合わせであるという前提に立ち、子供が何か「できない」時は指導や支援の仕方が違う、もしくは合っていない、と判断をし、教員のアプローチ方法を変えます。第一層支援の在り方を見直す時、そして第二層、第三層支援として特定の子供に対して支援を付け足す場合、教員は1人ではなく、必ずチームで意思決定をします。喜沢小学校は初めにスクールワイドPBSを導入し、その後にRTIを導入することで、現在はこれらを統合した喜沢版の多層型支援システムを構築しています。
インクルーシブ教育を実践するためには、ただ理念を掲げるのみでなく具体的な方法が必要です。喜沢小学校のやり方は1つの形です。ぜひこれをヒントに皆さまの学校においてもその学校なりの形でのインクルーシブ教育を実践してみてください。
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