- はじめに
- 第1章 国民的な童話となった「ごんぎつね」
- 一 大人も読んだ「ごんぎつね」―教科書教材としての歴史―
- 二 「ごんぎつね」が載った童話集―ひっぱりだこ≠フ人気―
- 三 絵本になった「ごんぎつね」―その魅力を広く伝える―
- 四 新美南吉記念館と「ごんぎつね」―童話の雰囲気が漂うデザイン―
- 第2章 「ごんぎつね」が私たちを惹きつける理由
- 一 南吉文学の魅力―日本人を感動させる三つの要素―
- 1 どこにでも見られる郷土像―自然描写の巧みさ―
- 2 豊かな叙情性―心のふれあいという物語―
- 3 少年心理の追求―「自伝的少年小説」の世界―
- 二 「ごんぎつね」の構成と文体の巧みさ―奥行きの深さを味わう―
- 1 起承転結の構成―ドラマチックな展開―
- 2 物語の視点―ごんの視点から兵十の視点へ―
- 3 感動的な結末―物語における「悲哀」と「愛」―
- 4 語り口の特徴―民話的な語り―
- 5 伝承の物語―ごんが村人に受け入れられる話―
- 三 他の童話と読み比べる―浮かび上がってくるものは何か―
- 1 宮沢賢治童話と読み比べる
- 2 グリム童話と読み比べる
- 3 イソップ童話と読み比べる
- 4 アンデルセン童話と読み比べる
- 四 今日の時代性と「ごんぎつね」―「真のやさしさ」とは何か―
- 1 人間の孤独と疎外
- 2 「やさしさ」の心理
- 第3章 「ごんぎつね」はどう読まれているか
- 一 現代の子どもと「ごんぎつね」―小学校四年生の作文―
- 二 教師たちの作品評価―「ごんぎつね」は圧倒的な支持率―
- 第4章 「ごんぎつね」に隠された秘密
- 一 南吉の分身としてのごんぎつね―恋人M子の存在―
- 1 「ごん=南吉」という読み方
- 2 南吉の日記に見る熱い思いと冷めた思い
- 3 「デンデンムシノカナシミ」という童話
- 二 〈お城〉に象徴されるもの―封建時代の悲劇か?―
- 1 悲劇の本当の原因
- 2 〈お城〉の意味するもの
- 3 まっすぐに読むこと―「きつねだから殺されたのだ」―
- 三 ごんぎつねの生き方―キーワードとしての〈穴〉や〈裏〉―
- 1 日陰者としてのごん
- 2 思いの深まりと危険のジレンマ
- 四 「ごんぎつね」は誰が書いたのか―本文の問題その1―
- 1 草稿「権狐」と「ごんぎつね」との違い
- 2 全集や教科書の本文はどうなっていたか
- 五 〈兵十はかけよってきました〉をめぐる謎―本文の問題その2―
- 1 「かけよっていきました」に書きかえよ!?
- 2 作者の間違い?―子どもたちの発言から―
- 3 ラストシーンをどう読むか
- 第5章 「ごんぎつね」を読書への架け橋に―南吉の他の作品も味わう―
- 一 親子読書の可能性
- 1 最近の親子関係と親子読書
- 二 おすすめの南吉作品
- 1 小学生向けの作品
- 2 中学生向けの作品
- 第6章 大学での「ごんぎつね」の授業
- 一 学生に教材研究の力をつける
- 1 深い学びのために
- 2 基本的な作品分析法
- 二 「教授学演習」の趣旨と概要
- 1 授業のねらい
- 2 「教授学演習」の授業計画と内容
- 3 学生の感想
- 資料 「権狐」(草稿)
- 参考文献(単行本)一覧
- おわりに
- *本書は『なぜ日本人は「ごんぎつね」に惹かれるのか』(2005年、明拓出版)の改訂新版です。
はじめに
「ごんぎつね」は、童話作家として知られる新美南吉(一九一三〜一九四三)の作品である。小学四年生の国語教科書に半世紀以上も前から掲載されているので、「そう言えば読んだことがある」という大人も多いだろう。
かつての小学校国語教科書には、さまざまな童話が教材として登場していた。たとえば「泣いた赤おに」(浜田広介)、「野ばら」(小川未明)、「片耳の大鹿」(椋鳩十)、「魔法」(坪田譲治)、「虔十公園林」(宮沢賢治)、「天下一の馬」(豊島与志雄)、「蜘蛛の糸」(芥川龍之介)などである。本書で取り上げた新美南吉の作品だけでも、「赤いろうそく」「手ぶくろを買いに」「おじいさんのランプ」などがあった。
ところが、時代の変化とともに、これらの古典的な作品は教科書から消えていった。それに代わって、あまんきみこ、今西祐行、斎藤隆介、松谷みよ子らに代表される現代児童文学作品が多く取り上げられるようになった。古典的な作品として残っているのは、椋鳩十の「大造じいさんとガン」、宮沢賢治の「注文の多い料理店」ぐらいである。
特に最近は、社会で生きて働く力として、論理的な思考力・表現力、実用的なコミュニケーション能力、情報活用能力などの育成が重視されるようになった。そのあおりを受けて、童話・物語は教科書の掲載数を減らしている。
そのなかで唯一、今日まで教科書に掲載され続けているのが「ごんぎつね」なのだ。しかも、この四〇年間はすべての教科書に掲載されている。さらには、童話集や絵本、DVD等として今もなお出版・制作されていて、その意味では国民的な長寿作品と言える。
◇ ◇
では、なぜ「ごんぎつね」は教材として命を保ってきたのだろうか。
教材として採用されるには、教科書の編集者はもとより、教育現場である小学校の先生や子どもとその親たちからも支持されなければならない。多くの童話が教科書から消えていくなかで、「『ごんぎつね』はなくさないで」という大きな、そして多くの声が作品を教科書にとどめてきたのである。
どこにその魅力があるのだろうか。その秘密を探ってみようというのが本書のねらいである。
筆者は大学で小学校の教員を養成する仕事に携わっている。講義や演習では、毎年のように「ごんぎつね」を取り上げているが、そのたびに新鮮な感動がある。ストーリーは暗誦できるほどに覚えているが、不思議なことにいつも何かを私に語りかけてくるのである。
大学生たちも同じである。すでに小学生のときに読んでいるにもかかわらず、その魅力や奥深さに改めて気づかされるようだ。
◇ ◇
本書は、「ごんぎつね」が生まれた背景やそのメッセージ、作品の持つ魅力について紹介するだけでなく、現代の子どもたちの受け止め方、さらに作品の裏側にあるエピソードなどを幅広く紹介していきたい。学校の先生方が教材研究や授業づくりに生かしていただけたら幸いである。
二〇二〇年二月 /鶴田 清司
「ごんぎつね」は定番教材であるので、小学校教師にとって必読の一冊であると言っても言い過ぎではないだろう。