- まえがき
- 1章 道徳科における板書の役割
- 板書の再発見
- 授業づくりと板書
- 板書づくり
- 2章 確実な学びに導く中学校道徳板書のスタンダード
- 板書の基本〜矢印とネームプレート〜
- スタンダード@ 授業の流れを捉える
- Point1 発問相互の関連を考える
- Point2 授業の流れを矢印で表現する
- Point3 矢印に込めた意味・想いを書き記す
- スタンダードA 比較対照で多面的・多角的に価値認識する
- Point1 発問相互の関連を考える
- Point2 判断に基づいた判断力を対比する
- Point3 黒板中央に考え議論した集大成を示す
- スタンダードB ネームプレートや挙手で自己認識を深める
- Point1 立場表明して自己を見つめる契機とする
- Point2 学級全体の変容を捉え,理由・根拠を吟味する
- スタンダードC 考え議論した内容から自己展望する
- Point1 自己展望するための広場を設ける
- Point2 自分らしい道標を見出す
- 3章 深い学びに導く中学校道徳板書のアドバンス
- 板書の応用〜授業のねらいに迫る〜
- アドバンス@ 直列・並列型の矢印で思考を重ねる
- Point1 発問相互の関連を考える
- Point2 深める方向に議論を進める
- アドバンスA 合流・分岐型の矢印で統合・分割する
- Point1 活用場面と発展性
- Point2 道徳的価値の輪郭を描く
- アドバンスB 数直線で立場表明する
- Point1 数直線を柔軟にのばす
- Point2 立場表明と理由・根拠の順序を考える
- アドバンスC マトリクス図で整理する
- Point1 多様な場面を整理する
- Point2 何をどのように板書するのかを検討する
- アドバンスD クロス表に立場表明する
- Point1 クロス表に立場表明する
- Point2 理由・根拠づけを発表し議論する
- アドバンスE 座標平面に示した考えを活用する
- Point1 2つの項目を軸にして座標平面をつくる
- Point2 立場と理由を基に議論して整理する
- アドバンスF 面積図で関連の大きさ・深さを表現する
- Point1 面積図の役割を明確にする
- Point2 面積図のつくり方と留意点を押さえる
- アドバンスG 天秤図で価値認識を深める
- Point1 2つの観点から整理したものについて重みづけをする
- Point2 天秤図を示すタイミングを考える
- アドバンスH 写真の情報を跳躍板にする
- Point1 写真提示の場面と目的を意識する
- Point2 写真の説明を簡潔に行う
- アドバンスI 文図・絵図の流れに乗って思考を深める
- Point1 ストーリー展開を踏まえて表現する
- Point2 授業展開を踏まえて表現する
- アドバンスJ 傍線や下線,枠囲み,黄色文字で強調する
- Point1 主題や道徳的価値に関連する語句に注意する
- Point2 強調の仕方を選択する
- 4章 板書づくりとその吟味
- 板書づくりの実際
- 板書の吟味とバトンパス
- あとがき
まえがき
著名な国語教育の先達,大村はま先生は,「着物は裾で揃えよ」という言葉で教育の秘訣を語られました。「きれいにたたみなさい」と厳しく言うかわりに「裾を揃えなさい」と言うだけで,着物は自然に美しくたたむことができます。教室でも,静かにしなさいと繰り返し言うより,生徒が集中せざるを得ないような内容を用意することで,自然に緊張感のある静謐のときが生まれます。また,仲良くしなさいと言うかわりに,楽しく協力協働の活動ができる課題を与えると自然に目的は達せられると。
道徳科における「板書」は,まさに,着物における「裾」ということができます。優れた道徳授業,心に残る道徳授業を構築するための要素は多様にあると思いますが,初任者にもベテランにも一番取っつきやすく成果が上がるのが「板書」という「裾」だと思います。すなわち,先生と生徒が協同で創り上げた板書は,自然に道徳授業の成果ともなり,かつ,板書に凝縮・結晶化された美しい文図は,教師にとっても生徒にとっても,道徳授業の楽しさ・魅力を感じつつ,ねらい・主題と課題,自己実現への道筋を示す灯りともなり,生徒各自の心の琴線に触れ,秘かなる決意へと誘ってくれるに違いありません。
「書くことは魔法である」という言葉がありますが,板書もまた不思議な世界を創り出す魔法の力をもっています。それは,教師と生徒との協働作業によって昇華し止揚した新しい希望に満ちた世界を拓く鍵ともなります。また,1時間で生徒が考え議論した足跡のみならず,主題・価値・ねらいへの道筋を示す地図・道標・澪標の役割ももっています。そして,そこには,道徳授業の1つの到達点が明らかにされています。
それゆえ,板書は,単なるテクニックやパターン化されたものにとどまらず,究極には1つの教材とねらい・生徒・教師の組み合わせごとに1つの最適な形があると考えます。したがって,その組み合わせが異なれば,また,新たな最適解が生まれることになるわけですが,いずれにしても,教材ごとに,いろいろな型を選択・連携させ,創意工夫を加えることによって,ねらいや大切な決めどころの明確な,そして,生徒の自己認識,自己指導,自己成長,自己実現への道筋を示す特色ある立体構成図になるものと思います。
そこで,本書では,板書のスタンダードな型と,その例となる教材も挙げるとともに,アドバンスとしての例も示し,総合として,私の推奨したい教材と,板書にいたる指導案,特に発問と話合い・語り合い等にも触れながら,その板書例についても提案したいと考えています。
ときには,小学校教材を中学生に用いた授業も扱いますが,これは,考え議論させるための授業力を磨く上で大きな示唆を与えてくれるはずです。中学校教材に比べ,範読時間が短く,場面・状況の把握も容易で,授業を核心的な発問から出発させられるため,生徒を深い道徳的思考の世界に誘わなければ,50分の授業時間をもてあますことになってしまうからです。
さて,順序が逆になりましたが,ここで改めて現代の潮流を概観しますと,日本の教育は,今,大きな転換点・不帰還点を迎えていることを強く感じます。IT化が進み,誰でもどこでも大量の情報が得られます。核家族化・少子化による価値観の変化も激しく,特異な犯罪も起きています。また,学校教育における急速なデジタル化とSNS等の普及は,陰湿ないじめや様々な依存症等,20年前には想定もされていなかった本質的な変化を生んでいます。
これらに対応していくためにも,今ほど学校教育と教師の指導力が問われ,中でも,新しい「道徳科」を中心とした道徳教育に期待が集まっているときはないと思います。
令和における,今回の学習指導要領の改訂等は,教科としての道徳科の出発元年でもあります。そこで,新学習指導要領「特別の教科 道徳」の重視点を,旧学習指導要領に比べ,新しく用いられた言葉,多用・重用されている言葉を中心に次の6項目に要約してみました。
@道徳の時間を道徳科とし,教科書を無償配付,各校での実践を量的・質的に確保する。
A道徳的諸価値についての理解を基に,自己を見つめ,物事を広い視野から多面的・多角的に考え,人間としての生き方についての考えを深める学習を通して,道徳的な判断力,心情,実践意欲と態度を育てる。
B道徳教育の指導内容が生徒の日常生活に生かされ,いじめの防止や安全の確保に資する。
C自立心・自律心を高め,生命の連続性・有限性を知り,自他尊重,人間関係を深める中で,自らの弱さを克服し,自らを高め,よりよく生きる喜びや気高く生きようとする心を育む。
D生命の尊厳,社会参画,自然,伝統と文化,先人の伝記,スポーツ,情報化への対応(情報モラルも)などの題材で,感動を覚える充実した教材の開発や活用を行う。
E評価は,学習状況や道徳性に係る成長の様子を継続的に把握し,記述式で行う。
この6項目を踏まえ,前述のように,生徒の心に深く刻まれたり,心にその一部でも鮮明に残るなどしながら,生徒一人一人のよりよい人生への展望台・鳥瞰図となり得るような板書を探りたいと思っています。そして,本書が示すヒントを1つの手がかりにして,最終的には,先生方一人一人の独自の構想のもと,独創的な授業を生み出してくださることを願っています。
最後に,本書の2章・3章について付記しておきます。そこでは,若手の先生方へのメッセージとして,「研究協議会の実況中継」と題する実践検討を行っておりますが,登場人物は,
新任教師の「明先生」:好奇心旺盛で明るくチャレンジし続ける先生
中堅教師の「智先生」:道徳科を正しく理解して実践に努める賢智の先生
老練教師の「拓先生」:確かな理論と豊富な実践で未来を切り拓く先生
の3人です。より豊かで実り多い板書づくりと授業づくりの一助となれば幸いです。
2021年6月 /荊木 聡
昨今のICT活用の流れに乗り、黒板にパワーポイントで次々と発問を提示し、生徒たちの考えを黒板に残さない授業もあるが、そのような教員も含めて、道徳の授業でどのような板書をし、その意味や効果についても理解することができる良書である。