- はじめに
- 序章 授業は「コミュニケーション」
- 「コミュニケーションの本質」を理解して,授業に臨む!
- (1) 「話せば分かる」は本当か
- (2) コミュニケーションの阻害要因
- 第1章 プロ教師の授業論
- 「授業の捉え方で,結果は大きく変わる!」
- 1 “授業成立”の本質論「学ぶ合意を取りつけなければ,授業が成立しない!」
- (1) 「教える―学ぶ」の関係
- (2) 学ぶ側の合意を取りつけることが,授業成立の鍵
- 2 “態度変容”の授業論「あなたの授業で子どもの何かが変わる!」
- (1) 「教師と子ども」の関係論
- (2) 教師は,教科の世界と子どもを繋ぐ「水先案内人」
- 3 “動機づけ”の授業論「授業に驚きを持ち込めば,子どものやる気が高まる!」
- (1) 知的好奇心は,導入授業から生まれる
- (2) 達成感を与えるための「仕掛け」を授業の中に組み込む
- 4 “目的実現”の授業論「授業を通してセルフ・エスティームを向上させる!」
- (1) 「セルフ・エスティーム」とは
- (2) 授業の目的は「子どもを元気にする」こと
- 第2章 共感的なコミュニケーション論
- 「共感力で子どもの心を掴む!」
- 1 他者理解のコミュニケーション「子どもの文法を理解する!」
- (1) 「受容」と「解放」と「発信」のコミュニケーション
- (2) 受容と共感で「子どもの学ぶ合意」を取りつける(子どもの目線を意識する)
- 2 子どもの「自我構造」を理解する「子どもの価値観を理解する!」
- (1) 子どもは誰をモデルにしてきたか
- (2) 自律(=自立)の過程期は反抗期
- 3 プロ教師のコミュニケーション術@「建前を超えて本音で語る!」
- (1) 「顕在意識と潜在意識を一致」させるコミュニケーション
- (2) 「建前と本音のバランス」を取る
- (3) 「社会」のことを語る
- 4 プロ教師のコミュニケーション術A「夢や希望を子どもたちに見せる!」
- ○ 勉強する「意味」
- 第3章 やる気を引き出す教師のアプローチ
- 「承認が子どものやる気を引き出す!」
- 1 分かりやすい授業でやる気を引き出す「やる気の構造を利用する!」
- (1) 子どもが「わかる」解説
- (2) 「効力期待」と「手段保有感」を高める
- 2 暗黙の理想を捨てる「教師の理想を押しつけない!」
- (1) 無意識のうちに子どもに理想を押しつけない
- (2) 「できて当たり前」という感覚を捨てる
- 3 子どものありのままの姿を認める「子どもの小さな変化に気づく!」
- (1) 子どもに関心をもって接する
- (2) 「子どもの現状を評価基準」として子どもの変化を見る
- 4 プロ教師のコミュニケーション術B「承認のコミュニケーション」
- (1) 「できていることを承認すること」で子どものセルフ・エスティームが高まる
- (2) 「子ども集団の中で承認される仕組み」を作る
- 5 プロ教師のコミュニケーション術C「やる気を引き出す叱り方」
- ○ 「魔法の7つの表現」を駆使する
- 第4章 プロ教師のプレゼンテーションスキル
- 「自己表現こそが授業スキルだ!」
- 1 “メラビアンの法則”で授業に臨む「コミュニケーション環境を演出する!」
- (1) 「教師の態度」がメッセージを強化する
- (2) 「教室のどこに立つか」で教師の自信が伝わる
- (3) 「アイコンタクト」が,コミュニケーションを保証する
- 2 授業を非日常なものにする「教師も子どもも非日常の世界に参加する!」
- (1) 「緊張と弛緩」「テンポとメリハリ」「スピード感」を意識する
- (2) 「基本動作」を徹底する
- 3 イメージの利用で深く理解させる「板書は,ノートに書くためだけのツールではない!」
- (1) 「板書の基本スキル」で授業をスムースに進行させる
- (2) 「捨て板書の活用」でテンポをつくる
- 4 比喩や具体例で子どもの理解を助ける「身近なもので子どもを引きつける!」
- (1) 「子どもの生活世界を利用」する
- (2) 知識と知識を繋いで「物語」を作る
- 第5章 思考力を向上させる授業スキル
- 「発問中心主義のすすめ」
- 1 単元導入で子どもの興味を引き出す「子どもの心に知識を落とす!」
- (1) 単元導入は「枠組み」の提示
- (2) 単元導入に「勝負」をかける
- (3) 文脈を超えて「驚き」を演出する
- 2 発問で子どもの自問自答を引き出す「子どもに疑問を突きつける!」
- (1) 「思考のサポート」としての発問
- (2) 発問の「パターン」
- (3) 「メタ解法」
- 3 分かることからできることを目指す「知識を有意味化する!」
- (1) 「分かりやすい授業」とは
- (2) 知識と知識を「意味づける」
- 4 宿題から授業の組み立てを考える「子どもが一人で勉強する仕組みを作る!」
- ○ 「宿題」から授業を組み立てる
- 第6章 一人でできる!
- 「授業スキル向上トレーニング」
- (1) 「読書のススメ」〜人間観や世界観を形成する〜
- (2) 「リフレーミングトレーニング」〜視点を変えて,意味を受容する〜
- (3) コメント力を向上させる「ショートスピーチトレーニング」〜まとめる力をつける〜
- (4) 「他者理解力を向上させるトレーニング」〜価値観を受容する〜
- おわりに
はじめに〜この本を書いた人間は,こんな人間だ!〜
私は,2001年から教育コンサルタントをしています。学校の先生や学習塾の先生方の授業研修,潰れそうな学習塾や私立学校を再建することや小さな学習塾を大きくする仕事をしています。その中で,私が一番大切にしていることは,子どもや保護者や先生方のセルフ・エスティーム(自己重要感・自己有能感)を向上させることです。人間は,他人から重要だと思われているという実感が強くなれば,それだけ自分の可能性を信じることができます。そしてやる気が出ます。このセルフ・エスティームの向上を実現することを通して,学習塾や私立学校の業績を上げているのです。子どもたちが活き活きすれば,当然職場が活性化し,人が集まってくるからです。
話は変わりますが,ここで私のバックボーンを紹介しておきたいと思います。どんな人間が,この本を書いたかを知っておいたほうが,読みやすいと思いますので。
中学生時代から学校の先生になりたいと思っていましたが,勉強は好きな方ではありませんでした。先生になるためには大学に行かなければならないと知って,7大学を受験し,マークシートの入試形式に救われて,まぐれで合格した國學院大學文学部哲学科に進学しました。
大学に入っても,奇跡は続きます。竹内常一先生や楠原彰先生や里見実先生に出会って,非行少年少女の研究や脱学校化社会論や学校文化の研究に目覚め,先生方を通じてイバン・イリイチやパウロ・フレイレ,そしてミシェル・フーコーやピエール・ブルデューを知り,無条件に良いと思っていた教育に対する考えを改めました。また,文化記号学の卒論を書くことを通じて,哲学の神川正彦先生からは,絶対的なものの見方の危うさと相対的なものの見方の強さを教わり,大学卒業後参加した討論塾の竹内芳郎先生からは,学問の厳しさを学びました。たまたま奇跡的に受かった大学で,たまたまめぐり合った先生方にその後の人生に大きく影響を受け,様々な考え方を学んだのです。教師という職業は,なんと罪深いものでしょうか。
大学卒業後は,高校の柔道部の恩師である浦田先生のご尽力で,横浜市立港高校(定時制)の常勤講師が決まっていましたが(4年次の採用試験は不合格だったので,浦田先生が,その当時港高校で柔道を教えておられた縁でその学校の校長先生に私を推薦してくれ,校長先生と面接をして決定していました),卒業時に教員免許に必要な地誌学の単位を落としてしまい(目の前が真暗闇になりました),結局,就職はなくなり,致し方なく,教職浪人として学習塾でアルバイトをすることになったのです。これが,私の社会人としてのスタートです。大失敗から私の社会人生活は始まるのです。
「教育で金なんて稼ぐもんか!」と思っていたので,その当時一番時給の安い学習塾を探して,アルバイトを始めました。そして,確か3月20日前後に,初めての授業を受け持ちました。
なぜか,中学1年生の数学です(社会の教師になろうとしているのに)。数学の最初のところだから,誰にでも分かるだろうと思って,何も勉強せずに初めての授業に臨みました。授業がちょっと進んだ時に,見慣れない単語の「絶対値」という言葉が出てきました。「なんじゃこれ!?」,「知らねえぞ!」と焦ってみても,子どもたちは,じっと私のほうを見ています。「まずい!」そう思った時には,「絶対値というのは,絶対的な値(あたい)なんだ。分かったか!」と言ってしまっていました。「何も説明してないじゃないか!」,「こんなことでいいのか!」と自分を心の中で責めてはいましたが,脂汗が流れながらも何食わぬ顔をして授業を続け,生涯で一番長い授業は終わりました。
私の最初のプロとしての授業がここからスタートしたのです。顔から火が出ただけではありません。自分自身が打ちのめされたのです。大学を卒業しているにも関わらず,中学1年生の最初の数学すらできないのです。なんという低学力!そして,お金を頂いてする初めての授業なのに,こんな不誠実な姿勢を曝け出してしまったのです。なんて情けないんだろうという自己嫌悪。教師としてのスタートも大失敗だったのです。
「もう二度と,こんなことにはならないようにしよう」と決心しました。「初心忘るべからず」を実感的に心に刻んだ日になりました。「初心忘るべからず」は,芸事に対する有名な世阿弥の言葉ですが,その意味は,習い始めの時に上手くいかなくて恥ずかしい思いをしたことを忘れないで,日々精進していけという意味です。私の「絶対値」は,あの時以来私が努力をすることの原動力になったのです。
ところで,この本で触れているいくつかは,私が,最初に講師研修を行った24歳の時のものです。アルバイトで入った学習塾でしたが,なぜか10ヵ月後には社員になっていて,時間講師の大学生に,この本の中で触れた「教える―学ぶ」関係と「水車のたとえ」を使って研修をしました。「教える―学ぶ」関係は,柄谷行人『探究T』を参考にして考えたものです。外国人に言葉を教えるという難しさに関わるものなのですが,文法を共有しない者同士の教え合う場面を解説するところがあるのですが,そこが教師と子どもの教え合う場面と一緒だと私は思ったのです。
この20数年,現場で困ると,教育関係の書籍だけでなく,色々なところからヒントをもらって,現場で色々な壁を乗り越えてきました。そして私は,私なりの教育観を形成してきました。その教育観を基に現場で現実と戦って学んできました。今回の本は,そうした経験知の中から書いたものです。
若い教師の皆さんには,現場で戦える武器としてこの本が少しでも参考になれば幸いです。またベテランの教師の皆さんには,この本を読んで,昔の若い頃の自分を思い出して,新たな自分になって授業に臨もうと思ってもらえたら幸いです。
/中土井 鉄信
この超絶授業テクニックは、学習塾、学校という形態の違いにおける指導という視点ではなく、生徒と学びの合意をどのように取り付けて、指導という心と心のコミュニケーションを成立させていく方法が書かれている。
この方法を実践できれば、生徒(子ども)の「筆者が述べている意味での子どものセルフエスティーム」が高まり、学習塾はどの地域でも磐石は経営基盤を作ることができると確信できる内容だ。
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