- T 国語科で育てる「論理的思考力」とは
- 1 感覚の国語から、論理の国語へ
- 2 「国語力を育てる」とは、どういうことなのか?
- 3 論理的思考力は「三つの力」で構成される
- 4 「話す・聞く」「書く」「読む」という分類を刷新する
- 5 「平成二〇年版・学習指導要領」における留意点
- 6 「論理的思考力」=「三つの力」
- 7 この本を使用する際の留意点
- 8 学習指導要領との整合性
- U 低学年「論理的思考力」を鍛えるトレーニングワーク
- 1 低学年 「論理的思考力」を育てる授業づくりのポイント
- 2 「言いかえる力」を育てるトレーニングワーク
- [1] 「言いかえる」れん習をしよう(1) 抽象化・具体化
- [2] 「言いかえる」れん習をしよう(2) 抽象化・具体化
- [3] 「言いかえる力」を物語文でトレーニング!
- [4] 「言いかえる力」を説明文でトレーニング!「サンゴの海の生きものたち」
- 3 「くらべる力」を育てるトレーニングワーク
- [5] 「くらべる」れん習をしよう(1) 対比型短作文
- [6] 「くらべる」れん習をしよう(2) 接続語:でも
- [7] 「くらべる力」を説明文でトレーニング!「どうぶつの赤ちゃん」
- [8] 「くらべる力」を物語文でトレーニング!
- 4 「たどる力」を育てるトレーニングワーク
- [9] 「どうして」「なぜ」をかんがえよう(1) 因果短作文
- [10] 「どうして」「なぜ」をかんがえよう(2) 接続語:だから/なぜなら
- [11] 「たどる力」を説明文でトレーニング!(1) 「どうぶつの赤ちゃん」
- [12] 「たどる力」を説明文でトレーニング!(2) 「サンゴの海の生きものたち」
- [13] 「たどる力」を物語文でトレーニング!
- 5 論理的思考力を発揮して書く短作文
- [14] 「くらべる力」と「たどる力」を合わせて書く短作文
- V 中学年「論理的思考力」を鍛えるトレーニングワーク
- 1 中学年 「論理的思考力」を育てる授業づくりのポイント
- 2 「言いかえる力」を育てるトレーニングワーク
- [15] 「言いかえる」練習をしよう(1) 抽象化・具体化
- [16] 「言いかえる」練習をしよう(2) 抽象化・具体化
- [17] 「言いかえる力」を説明文でトレーニング!(1) 「ありの行列」
- [18] 「言いかえる力」を説明文でトレーニング!(2) 「アップとルーズで伝える」
- [19] 「言いかえる力」を物語文でトレーニング!(1) 「モチモチの木」
- [20] 「言いかえる力」を物語文でトレーニング!(2) 「ごんぎつね」
- 3 「くらべる力」を育てるトレーニングワーク
- [21] 「くらべる」練習をしよう(1) 対比型短作文
- [22] 「くらべる」練習をしよう(2) 接続語:でも/ しかし/ それに対して
- [23] 「くらべる力」を説明文でトレーニング!「アップとルーズで伝える」
- [24] 「くらべる力」を物語文でトレーニング!「モチモチの木」
- 4 「たどる力」を育てるトレーニングワーク
- [25] 「どうして」「なぜ」を考えよう(1) 因果短作文
- [26] 「どうして」「なぜ」を考えよう(2) 接続語:だから/なぜなら
- [27] 「たどる力」を説明文でトレーニング!
- [28] 「たどる力」を物語文でトレーニング!「ごんぎつね」
- 5 論理的思考力を発揮して書く短作文
- [29] 「言いかえる力」と「くらべる力」を合わせて書く短作文(1)
- [30] 「言いかえる力」と「くらべる力」を合わせて書く短作文(2)
- [31] 「言いかえる力」と「くらべる力」を合わせて書く短作文(3)
- W 高学年「論理的思考力」を鍛えるトレーニングワーク
- 1 高学年 「論理的思考力」を育てる授業づくりのポイント
- 2 「言いかえる力」を育てるトレーニングワーク
- [32] 「言いかえる」練習をしよう(抽象化・具体化)(1) 「言いかえる力」を育てる基礎トレーニング
- [33] 「言いかえる」練習をしよう(抽象化・具体化)(2) マトリョーシカ図で「言いかえる力」を育てる
- [34] 「言いかえる」練習をしよう(抽象化・具体化)(3) ことわざで「言いかえる力」を育てる
- [35] 「言いかえる」練習をしよう(抽象化・具体化)(4) サンドイッチ型の文章で「言いかえる力」を育てる
- [36] 「言いかえる」練習をしよう(抽象化・具体化)(5) 抽象的な「図」を「文章」へと具体化する
- [37] 「言いかえる力」を詩でトレーニング!「ふしぎ(金子みすゞ)」
- [38] 「言いかえる力」を説明文でトレーニング!「生き物はつながりの中に」
- 3 「くらべる力」を育てるトレーニングワーク
- [39] 「くらべる」文を作ろう(1) 対比型短作文
- [40] 「くらべる」文を作ろう(2) 接続語:それに対して
- [41] 「くらべる力」を詩でトレーニング!「ふしぎ(金子みすゞ)」
- [42] 「くらべる力」を説明文でトレーニング!「生き物はつながりの中に」
- [43] 「くらべる力」を物語文でトレーニング!「やまなし」
- コラム
- 4 「たどる力」を育てるトレーニングワーク
- [44] 因果短作文で「たどる力」を育てる 接続語:だから/なぜなら
- [45] 「たどる力」を説明文でトレーニング!「サクラソウとトラマルハナバチ」
- [46] 「たどる力」を物語文でトレーニング!
- 5 論理的思考力を発揮して書く短作文
- [47] 「言いかえる力」と「くらべる力」と「たどる力」を合わせて書く短作文(1)
- [48] 「言いかえる力」と「くらべる力」と「たどる力」を合わせて書く短作文(2)
- [49] 「言いかえる力」と「くらべる力」と「たどる力」を合わせて書く短作文(3)
- [50] 「言いかえる力」と「くらべる力」と「たどる力」を合わせて書く短作文(4)
T 国語科で育てる「論理的思考力」とは(冒頭)
1 感覚の国語から、論理の国語へ
突然だが、次の三つの項目に「イエス・ノー」で答えてみていただきたい。
・「進学塾の国語の授業より、自分の国語の授業のほうが、子どもたちの国語力向上に貢献できている」
・「私は、国語の授業に自信がある。研究授業でも、保護者の参観する授業でも、ぜひ国語を行いたい」
・「国語力とは何かという問いに、ひとことで答えられる」
さて、いかがだろう。いずれも「イエス」とは即答できず、「う〜ん……」と弱ってしまったのではなかろうか。
国語を教えるのは苦手。教師用指導書を使っても、これといった手ごたえがない。退屈そうな子どもたちの顔が気になる。
……そんな日々に変革を起こしたいのなら、まずは、国語という教科に対する見方を根本的に変えることが必要だ。
すなわち、感覚の国語から論理の国語への変革である。そして、内容重視の国語から形式重視の国語への変革である。
内容重視の感覚的国語とは、どんなものだろうか。
たとえば、「一つの花」なら、感想を発表して「悲しいね。戦争はよくないね」で終わり。「モチモチの木」なら、紙芝居にするなどして「えらいね。勇気があるね」で終わり。「戦争の悲惨さ」や「勇気の大切さ」などという作者のメッセージ(=内容)を感覚的に味わうことばかりにこだわって、その内容を伝えている言葉(=形式)には目を向けない授業。
作文でも同じだ。運動会のあとの作文なら、「がんばったか」「協力できたか」などといった感覚的な内容ばかりを重視して、その内容を読み手に対してどう伝えるか、言葉をどう使うかといった形式は軽視する授業。
こういった授業をいつまで続けようとも、子どもたちは変わらない。国語力が育ったという手ごたえは、永遠に得られない。
そんな授業とは今すぐサヨナラすることだ。
国語は、「何を読み、何を書くか」(内容)ではない。
国語は、「どう読み、どう書くか」(形式)である。
これまでの国語は、言葉が運ぶメッセージに目を奪われ過ぎてきた。これからは、そのメッセージを運んでいる言葉そのものに、目を向けていく必要がある。
言葉に目を向ける。それが国語である。自明の理だ。
では、言葉に目を向けるとは、どういうことなのか。
たとえば、次のAとBを読み比べてみていただきたい。
A……赤組は一位です。白組は二位です。
B……赤組は一位です。でも、白組は二位です。
両者は、意味する「内容」に大きな違いが生じている。
Aは結果を淡々と伝えているだけだが、Bは赤組と白組をあからさまに比較している。運動会のアナウンスでBが校庭に流れたら、白組の子たちはムッとしてしまうだろう。
両者の意味内容を決定的に変えた要因は何か。
それは、「でも」というひとことである。
きわめて「形式」的なこのひとことによって、意味する「内容」が大きく変わったわけだ。
つまり、形式をコントロールすれば、内容をコントロールすることができるのである。
そして、その形式操作のために不可欠なもの、それが「論理的思考力」である。
2 「国語力を育てる」とは、どういうことなのか?
ここで「国語力」や「論理的思考力」を定義しておきたいところだが、それは少しあとにして、もう少し根本的なことを確認しておきたい。
国語力、思考力、などにみられる「力」という言葉。
そもそも、「力」とは何なのか?
それは、なんらかの「技術」を使いこなすための「能力」のことである。
「計算力」とは、「計算の技術を使いこなすための能力」である。同様に、「論理的思考力」とは、「論理的思考の技術を使いこなすための能力」である。
だから、子どもたちの論理的思考力を高めようと思う教師は、次のような意識を明確に持ち続けなければならない。
「私は、国語の授業を通して、子どもたちに論理的思考の技術を与え、それを使いこなすための能力を育てるのだ」
このような意識(あるいは覚悟)を持たずして、子どもたちに「力」をつけることはできない。
「技術を与える」という言葉に引け目を感じつつ、「教師はあくまで支援に徹し、子どもが自分からその気になるのを待つべきだ」などと考えてしまっているうちは、新しい国語授業へのスタートを切ることは不可能だ。
むろん私は、「待つ」ことを否定しない。
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- 明治図書