勇気づけリーダーの学級経営〜これからを生きる資質・能力を育てる教師の役割〜
これからを生きる資質・能力を学級でつけるには?勇気づけリーダーの学級経営
勇気づけリーダーの学級経営(16)
「原因追求」教の信者になっていませんか?
〜これからを生きる資質・能力を育てる教師の役割〜
上越教育大学教授赤坂 真二
2018/9/15 掲載

1 問題悪化のサイクル

 気になる子の問題でうまくいっていない教室には、「問題悪化のサイクル」が回っていることがあります。子どもたちが不適切な行動をする、それに対して教師が過剰な注目(気にし過ぎること)をするために、それが報酬となって不適切な行動を強化してしまうパターンです。例えば、ある子が授業中にふらふらと立ち歩いたとします。すると、教師がすかさず声をかけます。最初は、通常のトーンで「どうしたの?席に着きますよ」くらいの感じです。それで着席してくれればいいのですが、大抵の場合は、そのまま立ち歩き続けます。そうすると教師の方でも無視されたと感じて、感情が波立ちます。そして、次は、少し強い声で「○○さん、はい、席に着きますよ!」と言います。それでも、その子は席に着きません。すると、教師もさらに強い口調で、「○○さん!」などと強い口調で言います。
 これから先の行動は、いろいろな展開が予想されますが、読者のみなさんなら大体は予想がつくでしょう。小学校だったら泣きわめく子、口答えする子、時には、教室から逃げ出す子もいるかもしれません。中学校の場合は、これ以上言うとよりまずいことが起こることを予想し、放っておくか他の教師を呼ぶかなどの対応をすることでしょう。いずれにせよ、改善が見られず、反復することでしょう。

図1

 なぜ反復するかは、これまでの連載を読まれたみなさんならよくおわかりのことだと思います。上の図のような問題悪化のサイクルが循環しているからです。問題解決のためには、このサイクルを変える必要があります。これまで述べてきたことは、このサイクルを変えるための予備知識と言えます。

2 問題に向き合う3つのアプローチ

 ここで効果的な問題解決について押さえておきたいと思います。橋本文隆氏は、問題に対するアプローチには次の図のような3つがあると言います。一つ目は原因追求型、二つ目は成功追求型、三つ目は問題無視型です*。
 最初の原因追求型は、問題の原因を明確にして、解決策を考えるものです*。生徒指導場面で考えると、なぜ、あの子は立ち歩くのか、なぜ、あの子は友達をいじめるのか、どうして、あの子は忘れ物が多いのか、どうして、あのクラスは荒れているのかなどとその問題が起こる原因を明らかにし、その原因を消し去ることで問題の解決を図るアプローチです。

図2

 また、「成功追求型」は、原因を追究しないで、問題が解決し成功した状態を追究するというものです*。人の行動は、常に明確な理由があって起こるものではありません。「衝動的」に、「気分」で、「何となく」行動することはみなさんも経験があることでしょう。立ち歩く子どもたちや、私語をする子どもたち、また、人を叩いてしまう子どもたちは、みんながみんなその行動の原因を自覚しているとは限りません。原因がわからなくても、その行動が起こらないようにすることは可能です。つまり、うまくいっている状態が起こるように条件整備をするのです。授業中に、立ち歩く子や私語をしてしまう子が複数いる場合は、授業中に立ち歩くことやおしゃべりの機会を設けて、そうした行動が目立たなくすればいいでしょう。また、自分の言いたいことが言えなくて、つい手が出てしまうのならば、自分の気持ちの伝え方を教えたり、練習させたりすればいいでしょう。
 最後の問題無視型は、問題があっても、それを問題にしないというものです*。これは究極の問題解決かもしれません。悩みは主観的なものなので、悩んでいる人がいるから発生するわけです。例えば、一般的に見てやせているのに、「やせたい」と悩む人がいます。逆に、その人よりもずっとふくよかなのに、まったく悩んでいない人もいます。友達がたくさんいるのに、自分が孤独だと感じる人がいれば,ごく少数の友達と楽しそうにやっている人もいます。だから、問題を問題と気にしないというのは、かなり効果的な問題解決方法と言えるかもしれません。しかし、これが教室の問題となると、教師が気にしなくても、他の子どもたちが気にするかもしれませんし、何よりも問題を抱える子どもは困っているわけですから、「気にしない、気にしない」と笑ってばかりはいられません。従って、個人的な問題ならばまだしも、教師における問題のように複数の人にかかわる問題については、現実的とは言えないかもしれません。
 みなさんは、教室における問題に向き合うときに取りがちな行動パターンがあるでしょうか。また、あるとしたら、そこには、どのようなアプローチをする癖があるでしょうか。

3 「マスコミ教師」になることなかれ

 第6回の連載で、学校現場の問題解決アプローチとして「原因追求型」は有効ではないと指摘し、目的論に立つことを主張しました。なぜ、改めてここで、この話に触れたかというと、こうした話を研修でさせていただいても、なかなか原因追求の癖から脱却できない現実の話をお聞きするからです。この原因追求の癖は、私たちの思考法にこびりついていて、なかなかそこから離れることはできません。かく言う私も、本当に軸足を目的論に置くことができるようになるまでには、それを知ってから3〜4年かかったかもしれません。
 原因追求型の思考をしているときは、「袋小路」にはまることが多かったです。教室でナイフを振り回す子、その理由が毎日のように変わる学校に来たがらない子、何かとクレームっぽい話をしてくる保護者など、例を挙げたらキリがありません。特に学級崩壊と呼ばれるようなクラスを担任すると、その原因は多様すぎてよくわかりませんでした。また、高学年になればなるほど、いや、低学年だって「不登校傾向の子の学校に行きたがらない原因は何か」と考えても複雑かつ情報が足りな過ぎてよくわからないのが本当のところでした。

図3

 原因追求型は、因果関係が単純で、原因と結果の関係が特定しやすい場合に有効なのです。生徒指導や気になる子の支援のような複雑な問題が絡み合う問題には、あまり有効だとは言えません。ただし、「原因追求型が無駄だ」と言い切るつもりもありません。もし、原因追求をしてうまくいくのであれば、やったらよろしいと思います。ただ、原因追求しかしないことは問題だと思います。私は、子どもたちの問題行動や気になる行動の問題を考えるときに、その子の家庭環境や、兄弟関係、また、前年までのクラスでの様子、生育歴など、知ることができる範囲で情報入手を試みました。しかし、それは、原因の特定というよりも、その子の行動の目的を知るためでした。
 マスコミ報道に漬かっていると、原因追求の癖が知らず知らずついてしまいます。なぜなら、マスコミの報道姿勢は、基本的に原因追求型だからです。報道する側としてみたら、特定の悪者を見つけて、それをたたくことで庶民の溜飲を下げた方が視聴率をとれますからね。しかし、教師がマスコミのような興味本位の関心でいたら、困っている子どもたちに寄り添い、支援することはできません。
 私たちはひょっとしたら、「原因追求」教に洗脳されているのかもしれません。もし、あなたが教室の問題の悩み、袋小路にはまろうとしていたら、目的論に立ってみて、その子の行動の目的を考えてみてください。あなたのやるべきことが見えるはずです。

* 橋本文隆『問題解決力を高めるソリューション・フォーカス入門 解決志向のコミュニケーション心理学』PHP研究所、2008

赤坂 真二あかさか しんじ

1965年新潟県生まれ。上越教育大学教職大学院教授。学校心理士。「現場の教師を勇気づけたい」と願い、研究会の助言や講演を実施して全国行脚。19年間の小学校勤務では、アドラー心理学的アプローチの学級経営に取り組み、子どものやる気と自信を高める学級づくりについて実証的な研究を進めてきた。2008年4月から、より多くの子どもたちがやる気と元気を持てるようにと、情熱と意欲あふれる教員を育てるために現職に就任する。
主な著書に、『アドラー心理学で変わる学級経営 勇気づけのクラスづくり』『資質・能力を育てる問題解決型学級経営』『最高の学級づくり パーフェクトガイド』『スペシャリスト直伝! 主体性とやる気を引き出す学級づくりの極意』『クラスがまとまる! 協働力を高める活動づくり』『教室がアクティブになる学級システム』『アクティブ・ラーニングで学び合う授業づくり』『スペシャリスト直伝!成功する自治的集団を育てる学級づくりの極意』『学級を最高のチームにする!365日の集団づくり』『信頼感で子どもとつながる学級づくり 協働を引き出す教師のリーダーシップ』『やる気を引き出す全員参加の授業づくり 協働を生む教師のリーダーシップ 』『集団をつくるルールと指導 失敗しない定着のための心得』『気になる子を伸ばす指導 成功する教師の考え方とワザ』『思春期の子どもとつながる学級集団づくり』『いじめに強いクラスづくり 予防と治療マニュアル』『スペシャリスト直伝!学級を最高のチームにする極意』『一人残らず笑顔にする学級開き 小学校〜中学校の完全シナリオ』『最高のチームを育てる学級目標 作成マニュアル&活用アイデア』『クラス会議入門』(以上、明治図書)などがある。

(構成:及川)

コメントの一覧
1件あります。
    • 1
    • 通りすがり
    • 2019/8/27 8:35:42
    原因を追究しても結果が出てこないのは、本当の意味での原因を解決するにはまだ未熟な状態で原因を追究しようとして壁にぶち当たるから。その壁を乗り越えられればいいけれど、本当の意味での原因はえてして壁ひとつ乗り越えて解決できるとは限らない場合もある。だから原因を追究しようとする事が駄目な訳ではなく、自分が未熟だから今のところは原因を追究しつつ壁にぶち当たったら結果を見据えて解決する方がよいというだけ。中途半端が嫌ならば、自分で本当の原因を追究できる術を見につければよいし、自分だけで解決できないならば、自分よりも解決能力に優れた人に助けを求めても良いし、他者と話をしているうちに解決方法が見つかる場合もある。大事なのは問題解決することだけれど、それに囚われて方法を間違えれば、たとえその場で解決したとしても、その解決には歪がついて残ってくる。その歪がまた新たな問題を産み、結果として世間でよくいうイタチゴッコとなってしまう訳です。
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