きょういくじん会議
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古典を身近に感じよう―9月9日は重陽の節句
kyoikujin
2007/9/3 掲載

 『雨月物語』「菊花の約(きくかのちぎり)」の話をご存知でしょうか。左門(さもん)と義兄弟となった赤穴(あかな)が、再開の約束である9月9日に城に閉じ込められたまま出かけることができなかったので、自刃し幽霊となって左門に会いに来る話です。
 9月9日は重陽の節句といい、菊を浮かべた菊酒を飲み、髪にかわはじかみの実を刺し、小高い丘に登り自分や家族の長寿と一家の繁栄を祈る祭日です。

 中国では月の数と日の数が同じ数字となる日付を重日と呼び、めでたい特別の日付と考えていました。また、中国の陰陽説では奇数は陽の数、偶数は陰の数とされていました。9は一番大きな一桁の奇数で、陽の極まった数ということから、重陽の節句と呼ばれています。
 重日の祭日は他に、3月3日の雛祭りや5月5日の端午の節句、7月7日の七夕があります。それぞれ植物の名を冠して呼ばれることもあり、旧暦では9月9日が菊の見頃だったことから重陽の節句は菊の節句とも呼ばれます。

 王維の詩に「九月九日憶山中兄弟(九月九日に山中の兄弟をおもう)」というものがあります。他郷にあって、重陽の節句を迎え、はるかに故郷の家族をしのんで作った詩です。同様に、杜甫も「九日」という詩を作っています。古代の中国において、重陽の節句とは家族が揃ってお祝いをする大切な日であったことが読み取れます。
 他にも『枕草子』や『紫式部日記』にもこの節句の記述があり、中国から伝わった行事が、日本の風俗にも大きな影響を与えていることがうかがえます。
 『雨月物語』の書かれた江戸時代にもその影響は残っており、左門と赤穴も義兄弟としてこの節句を祝うべく再会を約束し、左門は赤穴のために菊酒を用意して待っていたのでした。9月9日の約束だから、「菊花の約」なのです。

 この時期、重陽の節句にちなみ、給食で菊の花を入れた菊花あえや菊花ごはんをメニューにする学校もあるようです。
 子どもたちは菊酒は飲めませんが、菊にちなんだ料理を食べ、家族の長寿と繁栄を祈ってみるのはいかがでしょうか。
 昔の人と同じようにすることで、敬遠されがちな古典にも親しみをもって接することができるようになるかもしれません。

この記事は、『きょういくじん会議』の記事を移転して掲載しているため、文中に『きょういくじん会議』への掲載を前提とした表現が含まれている場合があります。あらかじめご了承ください。
コメントの一覧
7件あります。
    • 1
    • 名無しさん
    • 2007/9/5 13:00:57
    「重日」ということ、知りませんでした。勉強になります。

    雨月物語ですが、江戸時代ならば自刃→幽霊になる、という行動が感動的ですが、現代なら「幽体離脱」っていう技が認知されているので、同じ話つくっても受けが弱そうですね・・・。なんてくだらないことを考えてしまいました。
    • 2
    • 名無しさん
    • 2007/9/5 13:56:45
    元は中国の古典みたいですね。
    それにしても「走れメロス」など男同士の友情を題材にした名作はありますが、女同士のものってあるんでしょうか・・・?
    • 3
    • 名無しさん
    • 2007/9/7 8:47:29
    >1
    幽体離脱は源氏物語にも生霊の話があるから、江戸時代でも、死ななくても会いに行けるって考えはあったかもしれないですねよ。
    • 4
    • 名無しさん
    • 2007/9/7 8:50:21
    >2
    女同士で男がこないことを慰めあったという話ならあったと思いますが、
    そもそも社会的に女の友情が認められてなかったのかもしれないですね…。
    • 5
    • 名無しさん
    • 2007/9/7 10:17:09
    やはり女同士では真の友情は成立しないに10,000ペリカ。
    • 6
    • 名無しさん
    • 2007/9/7 17:23:08
    成立は措くとして、文学の中では社会的な地位も手伝って描かれてないかもしれませんね。
    平安時代とかは女流文学がさかんですけど、恋愛や子育てばかりですしね。
    • 7
    • 名無しさん
    • 2007/9/7 17:46:22
    >2さん
    日本文学での女性の友情…吉屋信子が思い出されました。
    エスっていうのは同性愛的な感じを多分に含みますが、女性の友情の一形態と言えなくもない…?
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