教育オピニオン
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それは読み方じゃなくて
佛教大学教育学部准教授/教職支援センター長達富 洋二
2012/4/2 掲載

 鳥取県八頭町の小学校で授業をさせてもらいました。小さな学校でしたので、全校の子どもと一時間。三年生と一時間。六年生と一時間です。

 六年生とは「もう一度読んでみよう」ということで、ごんぎつねを読みました。四年生の教材ですからあれから二年ということになります。教材を配るだけで「懐かしい」「あった、あった」「覚えているよ」の声がこぼれます。教材が子どもの身体の中で目を覚ましたようです。

 『ごんぎつね』の五の場面で、兵十と加助がことばを交わし合うところがあります。加助は、兵十に、ごんのつぐないのことを、神様のおめぐみだと言います。

「おれは、あれからずっと考えていたが、どうも、そりゃ、人間じゃない。神様だ。神様が、おまえがたった一人になったのを、あわれに思わっしゃって、いろいろなものをめぐんでくださるんだよ。」
「そうかなあ。」
「そうだとも。だから、毎日、神様にお礼を言うがいいよ。」
「うん。」
 ごんは「へえ、こいつはつまらないな。」と思いました。
「おれが、くりや松たけを持っていってやるのに、そのおれにはお礼を言わないで、神様にお礼を言うんじゃあ、おれは、引き合わないなあ。」

 わたしは六人の六年生に、兵十の「うん」を読んでもらいました。少しずつその声は違っているので、どのように読めばいいのか、二人組になってたっぷりと語ってもらいました。そして、また、読んでもらいました。

「ううん。」
「うっ、ううん。」
「ううううううん。」

 文字に表そうとするとこのようになるでしょうか。

 わたしはきょとんとした顔を見せて、六人を見回し、教科書を見て、黒板に「うん。」と書きました。そして、それを指さして、読んでみてくださいと言いました。六人はそれぞれに、ですが、教室の空気をひとつにして、「ううん。」「うっ、ううん。」「ううううううん。」と声を出しました。

 もう一度だけ、わたしはきょとんとした顔を見せて、六人を見回し、教科書を見て、黒板の「うん。」を指さしました。そして、「どうぞ。」と言いました。
 六人はそれぞれに、そして、先ほどよりももっとぴんとした糸のような空気を作って、「ううん。」「うっ、ううん。」「ううううううん。」と声を出しました。

 南吉さんは「ううん。」「うっ、ううん。」「ううううううん。」と書くところを、「うん。」と書いてしまったのですね。
 わたしがそう言うと、ひとりの子どもがわたしに声を届けてくれました。
 「それは読み方じゃなくて、心の出し方だから。心の動きだから……。」

 五人の子どもは「うん、うん」とうなずいています。京都のわたしにはそのあとに続く八頭町のことばがよく分からなかったものですから、わたしも「うん、うん」とうなずくだけでしたが、教室は窓の向こうのなごり雪をとかすような穏やかな空気に包まれていました。後ろの方で、背広姿の校長先生もうんうんとうなずいておられました。

達富 洋二たつとみ ようじ

京都市生。佛教大学教育学部准教授。同教職支援センター長。京都教育大学附属京都小学校国語科講師。京都府「『ことばの力』育成プロジェクト」スーパーバイザー。「紫野国語教室の会」主宰。

コメントの一覧
21件あります。
    • 1
    • 戸田和樹
    • 2012/4/6 15:28:27
     一緒に話す機会も少なくなりました。それぞれの立場でそれぞれの仕事をこなしているという、いわば元気の証拠でもありましょう。国語の研究会も清原先生がご逝去され大きな会を開催できなくなってしまいましたが、あちこちで小さな研究会の芽吹きがあります。また、そうした場でご発表・ご後援を賜りたいものと思っています。京都国語の会研究冊子もお渡しできないままになっています。その冊子にいただいた玉稿を改めて読みながら、現場を離れている我が身の寂しさを思ったりしています。
    • 2
    • 名無しさん
    • 2012/4/6 21:09:31
    とても温かい空気が流れる教室が目に浮かんできます。
    私も温かい空気の流れる学びのある教室をつくっていけるよう子どもたちとともに学んで行きたいと思います。
    • 3
    • 名無しさん
    • 2012/4/6 22:27:06
     拝読させていただきました。
    「うん。」という兵十の たった一言のことば。
    この一言にこだわって,子どもたちが1時間真剣に音読したことが伝わってきます。
    この1時間の授業で,子どもたちは兵十の心に たっぷりとふれ
    読み深めていったのだと感じました。
    達富先生が,子どものつぶやきを とてもとても大切にされ授業を進めていかれた教室の空気。
     子どもを中心に据えた,温かい授業をぜひ学ばせて頂きたいと存じます。
    • 4
    • てぶくろ
    • 2012/4/6 23:27:16
    子どもが必死に賢明に、あれやこれやと考えている様子が伝わります。大学で先生の授業を受けさせていただいたことを思い出しました。私もそんなあたたかい教室を作っていきたいです。
    • 5
    • フジタ
    • 2012/4/7 1:52:49
    子ども達の心(思考)の動きを見据えながら,「きょとんとした顔」で,子ども達の活動を眺めておられたんだろうなあ。先生には,子ども達が目指すべき着地点と,そこに向かわせるための無数の手立てと発問が用意されていたんだろうなあ……。
    担任として,羨望や願望,希望だけではなく,子ども達の学びのため,自己研鑽のため,やはり,『教材研究』に勤しまなくてはいけませんね。
    • 6
    • よしはる母
    • 2012/4/7 11:22:09
    子どもってすごいな。私がその授業に参加していても「それは読み方じゃなくて、心の出し方だから、心の動きだから」って言えないだろうな。と授業に参加している気分で読ませていただきました。
    でも、こんなふうに子どもたちが真剣に考えて、こんなにすごいことを言えるのは、先生の作り出す教室の雰囲気だとか、手だてだとかすべてが子どもたちの学習につながっているんだろうなと感じました。だから、先生がどれだけきょとんとした顔を見せても子どもたちは真剣に考えた心の出し方を表現したんだろうと思いました。
    次に担任をもてる日がくれば、私も子どもたちが真剣に考え、自信をもって発言できる雰囲気をつくれるよう今まで以上に努力したいです。
    • 7
    • Y.O.
    • 2012/4/8 9:03:57
     先生には研修会で何度もお世話になりました。一つの言葉から大きく広がる子どもの思考。先生と子ども達の温かな授業の様子が文面から感じられ、しばらく離れている学校現場が懐かしく思い出されました。職場を異動したため、先生のお話を伺う機会がなくなることを寂しく感じていましたが、このような機会を通じて先生との接点を持ち続けていけたらと思います。
    • 8
    • エミ.s
    • 2012/4/8 10:39:38
    子どもがそっとつぶやいた一言。ぱっと思いついて、またじっくり考えて発せられた一言ひとこと。子どものどんな言葉も受けとめておられる達富先生と、真剣に考えている子どもたちの姿がうかんできました。私も子どもの声を聴ける先生になりたいです。
    • 9
    • たつとみ
    • 2012/4/8 11:19:56
    みなさん。コメントをいただきありがとうございます。
    この小学校での授業は素敵な思い出です。
    ぶつぶつとつぶやきながら,ときどき私の顔をのぞきながら,そしてまた教科書を見てぶつぶつ言いながら……。そして,すっと大きな声で私に聞かせてくれる。
    まさに,子どもは「今,考えつつあることを,分かりつつあることを,自身のことばで確かめながら考えていく」という瞬間を目の当たりにしました。
    「それは読み方じゃなくて、心の出し方だから。心の動きだから……。」
    という声は,そのつぶやきが少し大きな声だったものですから,私に届いたんだと思います。
    その声を聞き逃さなくてよかったと思いました。
    だって,その声は学級のみんなも後ろにおられた校長先生にも届いていたのですから。
    私だけが聞いていないなんて,あっていはいけません。
    それこそ,今度はお芝居じゃなくて,本気できょとんとしなければなりません。
    声を共有できるって素晴らしいことです。
    声を共有しようと思っていることは尊いことです。
    いつでもいつまでも,子どもの声に包まれた教室ではたらきたいものです。

    みなさん,ありがとう。また,声を届けてください。
    • 10
    • 2012/4/8 16:32:13
    先生の文章を読ませていただいていると、子どもの声の響きわたる素敵な教室が目に浮かびました。4年生で読んだ教材であっても、むしろ、読んだことのある教材であるからこそ、子どもたちは考え、それを声にし、互いに響きあっているそのすべてが尊いことだと感じました。
    明日は新たな出会いのある大切な日です。新しい教室で子どもたちの声を共有し合える教室を私も築いていきたいと思います。
    • 11
    • A.M.
    • 2012/4/8 17:56:41
    ひらがなにすると2文字。しかしそのことばの奥に秘められた思い、声の色、発したときの表情などなど・・・奥深い読みの共有、語り合う楽しさ、「ひとり学び」から繋がる「みんな学び」、まさに言葉を大切にした達富先生の授業実践!先生のソフトな表情の中にも貫かれている一本の筋が見えるようです。「声の共有」今年度目指していきたいです。今後ともご指導よろしくお願いします。
    • 12
    • おむすび
    • 2012/4/8 20:14:29
    温かく、穏やかな空気に包まれた教室。真剣に考え、学んでいる子どもたち。優しい表情で子どもたちを見つめる先生の姿が浮かんできました。
    金曜日に新たな一年への期待に目を輝かせる子どもたちと出会いました。明日からたくさんの声が響き合う教室を子どもたちと一緒に作っていきたいです。
    今年度もご指導よろしくお願いします。
    • 13
    • 田辺 俊英
    • 2012/4/8 21:20:17
    達富先生と子どもたちとの心の機微のようなもの、目には見えない心のものを共有されているところが、やっぱり達富先生の授業なのだと教えていただきました。僕も子どもたちの心の動きに気づく心、つぶやきを拾うアンテナを持ち、常に真心で子どもたちに向き合いたいです。
    • 14
    • 熊本の宮田
    • 2012/4/8 21:45:58
    お久しぶりです。教室での達富先生と子ども達のやりとり、雰囲気、空気がイメージとして感じ取れるものでした。小学生と心を通じ合わせるというのはひじょうに難しいものだと常々思っていますので、あらためて達富先生の授業力を思い知りました。私の勤める学校は高校ですが、このような感覚が必要とされる学校だと思いますので、少しでも私の心に浸透させたく思いました。
    • 15
    • 広島 とくなが
    • 2012/4/9 6:34:23
    ただ読んだだけで通り過ごしてしましそうな「うん。」の二文字。その二文字から,こんなに世界が広がり子どもたちが読み浸り,自分なりの読みの世界を展開できる授業。先生のように子どもの声を思いを共有できる日常実践をめざしていきます。わくわくした気持ちで今日も過ごします。ありがとうございます。
    • 16
    • M.M(大阪)
    • 2012/4/9 14:05:39
    なつかしく、拝読。読み取り、見取り、聞き取り、「〜取り」で大切なのは、心なのですね。客観的主観、主観的客観へ、もう少し教えてほしい状況が、MMには。
     芝居上手は、教師の必要条件で、きょとんとした顔は想像できます。達富さんからは。「先ほどよりもぴんとした意図のような空気」「窓の向こうの雪を溶かすような穏やかな空気」と感じた根拠は? あなただけの感性か、客観的主観なのでしょうか?
    • 17
    • 舞鶴 こじま
    • 2012/4/15 11:20:33
    「大造じいさんとガン」で見せていただいた、先生の授業の雰囲気とつながる温かさを感じました。授業の中で子どもたちが「友だちと語り合いたい。」と思う場面を作り出されるところ、子どもの声を本当によく聴いておられるところ、そんな授業ができるようになりたいとあれからみんなでがんばっています(でも難しいです・・・)。子どもたちは、二人のやりとりを聞いているごんの心も出して読もうとしているのですか?
    • 18
    • 京都 K.M
    • 2012/4/15 23:55:47
    なつかしい「ごんぎつね」の授業。4年前、達富先生に様々なアドバイスを頂き、授業したことを思い出します。読ませていただき、胸が熱くなりました。子ども達が、思い思いに声に出して読み方を考え、交流を通して兵十の気持ちを読み深める。そして、本文に返る先生の言葉掛け。表記された言葉と兵十の気持ちとの違いに子ども達ははっとしたことだと思います。「心の動き」と言った児童と「うん、うん」とうなずく児童。読んでいて、子ども達の思考と声が共有された瞬間を私もその場にいるように感じることができました。子どもの声を聴くことを大切に、声の共有ができる授業を目指したいです。これからもご指導よろしくお願い致します。
    • 19
    • 京都
    • 2012/4/16 11:24:26
    達富先生の授業ではいつも、教師の子どものつぶやきを「聞く」ことがいかに大切かを学ばせていただいております。もちろん、発問のするどさ、その裏にある教材研究の深さもあわせて。「それは読み方じゃなくて、心の出し方だから。心の動きだから……。」と先生に届けた子どもをはじめ6人の子どもたちは、ピンと張り詰めた緊張感の中で「考えることの楽しさ」を感じたことだろうと思います。奥深い読みの共有ができる授業を目指していきたいです。
    • 20
    • 舞鶴市 高峰
    • 2012/4/19 17:51:52
    「子どもの発言の尊さ」を感じました。
    文章を読み味わうとは、こういうことなんだろうと思います。
    どの言葉に立ち止まるか、どの言葉に立ち止まらせたいか、
    教師がどのようにこの教材を読んでいるかによって、子どものつぶやきの捉え方も
    変わります。
    子どもと一緒に読み味わえる教師になりたいと思います。

              
    • 21
    • 京都K
    • 2012/4/23 20:54:29
    「ごんぎつね」では兵十とごんを中心にお話を読んでいきますが、脇役である加助も重要な役目を果たします。話全体の構成の中の兵十と加助がことばを交わし合う場面で、どの部分を中心にどんなことを子ども達に考えさせるかということを的確になされた授業です。「うん。」という兵十の返事を子ども達に表現させ、「うん。」の言い方を表現させることからより兵十の思っていること・考えていることを子ども達に深く考えさせることになります。兵十になりきって、「うん。」を精一杯表現している子ども達。ピーンと張り詰めた雰囲気で子ども達が兵十の気持ちをしっかり考えていることが想像されます。兵十になりきって表現している子ども達、「心の出し方だから」と叫んだ子どもに拍手!そして、「うん。」を表現させることを考えられた達富先生に拍手!!




    「ごんぎつね」は大学生の心に残る授業No.1です。
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