1.四海波高し
平成22年9月の中国漁船衝突事件、そして11月と翌年7月のロシアのメドベージェフ大統領による北方領土・国後島への上陸、さらに本年8月の韓国の李明博大統領の竹島上陸、加えて石原元東京都知事の尖閣諸島購入方針表明に端を発した同諸島の国有化を巡る中国国内での仕組まれた反日デモと、尖閣諸島沖での連日の中国公船によるわが国領海へのニアミス挑発…。
まさに、「日本列島、四海波高し」といえる状況です。
なぜこのような国境の形骸化という異常な事態になってしまったのでしょう?
なによりもロシア、韓国、中国に「非」があることですが、他方戦後歴代政権のケジメをつけない近隣諸国外交のツケがまわったとか、事態が急展開した現政権の事なかれ主義外交、弱腰外交が、その「非」を誘ったとかいわれました。どれも当たっていると考えることができます。
加えて歴史の大局から見ると、ソ連崩壊後、東アジアに残った冷戦構造がいよいよ顕わに、鋭くなったということだろうと観測します。
考えて見れば、わが国はロシア革命以来東アジア冷戦構造を背負わされてきました。これは恐らく、これからもなかなか解消されない地理的宿命と思われてなりません。
2.領土教育の必要
このような事態の中、領土教育の振興が強調されるようになってきました。
たとえば日本青年会議所(JC)は「領土・領海意識醸成プログラム」を作成し、全国各地で実施しています。
このような気運は、ケジメのある外交を進めるには、国民世論の後押しが欠かせないが、韓国、中国、ロシアによる明らかな国境の島々(といってもたとえば、国後島だけでも沖縄本島より大きい)への侵略という主権侵害に対する鈍感さや、領土意識の希薄さが、弱腰外交の背景となっているだろう、国民全体が領土についての正しい知識と理解をもっていること自体が国の安全保障上の抑止力とてはたらくと考えられたからと思われます。
そしてそもそも、次世代の国民を育成する国民教育には、自国の主権の範囲である領土・領海についてシッカリ教える義務があったのです。このことは主権者教育の決定的に重要な内容事項といえます。
自国の領土について正しく知らないと、他国の人々と議論もできず、国際社会の中で胸を張って生きていける国民を育成することができませんから、このことは現代における必須の教育内容といえましょう。
3.領土教育の現状
こうした要請に対して、領土教育の現状は希薄であるとしかいえないようです。
日本青年会議所が平成23年に全国の高校生400人に行った調査によると、わが国の国境線に正しく線を引けた者が7名(2%)、同様に東京都内の大学生534人では28名(5.2%)だったと報告しています。これが現状の一端です。
そもそも学習指導要領が領土学習を明記したのは平成元年版でした。その後の経過は端折りますが、現在はすべての小学校社会第5学年の教科書に北方領土と竹島が、中学地理と公民では北方領土、竹島、尖閣諸島が記述されるようになりました。しかし、ある小学校教科書では竹島は地図に島名が書いてあるだけですし、ある中学地理の教科書では欄外地図に尖閣諸島の島名を見つけることができる程度でしかありません。ちなみに、自由社中学公民は3頁を割き、ユニークなつくりとなっています。
この記述量を中国や韓国と比べるのが適当かはわかりませんが、全体として1/3以下となっているようです。
ウェブ上で、北方領土問題対策協議会「北方領土教育に係る副教材の作成に関する調査検討委員会」が全国の中学校社会科教員410名に対して平成22年2月に行ったアンケート調査結果をみることができます。
それによると、ほぼ全員が授業で北方領土に触れています。しかし、その実態は約90%が教科書で教え、かけた時間は、約75%が25分以内で、その内訳は、5分以内が約15%、5分〜15分が約50%にしか過ぎないという結果でした。この程度の学習しか行われていないのが現状なのです。
しかし他方この結果は、教科書の記述の有無と記述量が決定的に重要であることを示しています。この意味で、領土問題として最低3時限の授業時間を確保できる記述量(6頁程度)が求められるといえましょう。
先回りして結論めいたことを記しますと、「総合の時間」や学活、学校行事、中学公民の課題学習等々レパートリーを広げて領土学習を展開したいものです。
4.領土教育サミットの提唱
このような情勢のなか、領土教育を活性化させようという気運が強まっています。
野田首相は、本年8月27日の参院予算委員会で「わが国の固有の領土であると教育の現場でも伝えていかなければならない。相手国の主張の根拠のなさも伝えていかないといけない。体制整備にも努めていきたい」と述べたようですか、すでに国会解散となりましたので、その具体像は見ることができないようです。
先に他分野のレパートリーと書きましたが、国・文科省が行う「体制整備」としては、やはり教育課程への位置づけ、教科書記述の充実、そして各地方で行われている教員研修の研修テーマに定番プログラムとして位置づけることなどが考えられます。
それはともかく、すでに独立行政法人北方領土問題対策協議会とその下部機関北方領土問題教育者会議が40都道府県に組織され、国の予算で教員や生徒の現地視察、修学旅行の補助、また学習指導案の定番化や副教材づくりとその普及を図ってきました。
しかし率直な感想として、相当な予算が組まれて行われているにもかかわらず、これらの施策は同じ教育界の中でも外部からはほとんど見えていない感じがします。
かって、谷和樹氏(現・玉川大学)等が開発したTOSSの「北方領土の授業プラン」が1つの潮流になりつつあった頃(そしてこのプランはいまや全国的定番となっているといって過言ではありません)、同会議はこのプランを視野に入れていなかったようでした。
他方、島根県は竹島学習を重視し、独自の副読本を作成し、学校の教育活動の全分野を動員し、多様な教育実践を展開しているようです。そして小中学校での実施率が100%に達していると報告しています。しかし、その努力が全国に及ぶ状況にはなっていないようです。島根県は竹島学習の全校展開を国にはたらきかけていますが、国の「体制整備」は追いついていないようです。
また、先に日本青年会議所のプログラムに触れましたが、NPO『海の国・日本』も「『われは海の子』プロジェクト」をスタートさせ、海洋国家としてのわが国の姿を子供たちに伝える活動をはじめました、同NPOサイトで見ることができます。本年10月には東京都内4校の小学5年生に「日本の国境」の授業を実施したと報道されました。
さらに、私も関係している自由主義史観研究会も平成23年と平成24年の全国大会テーマ「領土教育を進めるか」を掲げ、小・中・高にわたる北方領土、竹島、尖閣諸島の授業実践の報告と交流、検討を進めています。その一環として『教科書が教えない領土問題−国境の島を発見した日本人の物語』(祥伝社)を刊行し、領土教育振興の一端を担おうとしています。
ちなみに授業実践といえば明治図書『社会科教育』2013年1月号が、領土授業をテーマとして本格的に取り上げています。さまざまな授業実践を交流し、学びあいたいものです。
このような動きが全国各地にあるに違いありません。
しかし、それぞれの努力が周囲に留まっている感じをぬぐいきれません。これらの潮流が一堂に会して、その教育実践の内容とノウハウを交流、交換し、相互に認め合い、領土教育を大きなトレンドにしていくことが、現在求められていると確信します。
領土教育サミットを提唱する所以です。
私の感覚では、さすがに北方領土は我が国の固有の領土との認識でしょうが、竹島あたりだと、日本と韓国のどちらの言い分も授業で取り上げて「係争中」で終わってしまう場合が多いのではないかと。つまり、自信を持って、「我が国の領土」と子どもに教えるまでの領土認識に教師が至っていないのではないかと、感じております。
そういう教師の認識と改善するためにも、先生の提唱する領土サミットの必要性を強く感じた次第です。