教育オピニオン
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学校生活の充実と自尊感情の育成をめざす教育
福山大学大学教育センター教授荒木 紀幸
2013/2/15 掲載

はじめに

 私が学校教育の心理学研究に携わって早いもので45年近くになるが、一貫して行ってきた研究には、(1)不安やストレスが子どもや教師の行動に及ぼす影響に関するもの、(2)コールバーグ理論に基づくモラルジレンマ授業を我が国の教育風土に適合させるために行ってきた一連の研究(1主題2時間授業方法の構築、モラルジレンマ資料開発、道徳性発達に関わる各種の客観的測定検査の開発と適用、授業評価のための授業分析法開発と適用)などがある。
 研究を始めた頃はこの両者は全く無関係と考えていたが、研究を重ねるに従って、両者がいずれも自尊感情の育成に関わっていることを発見した。日本の子どもの自尊感情は他国と比較して低い傾向にあると言われている。今教育界では軸足を自尊感情の育成に置いている。ここでは学校生活の充実と自尊感情の関わりを取り上げる。

学校生活における善玉不安(ストレス)と悪玉不安(ストレス)について

 学校は子どもたちが楽しく学ぶ場でなければならない。しかし勉強をする以上、間違ったり、失敗することも多い。常に楽しく学習が進むとは限らない。うまくいくための努力も必要である。自分と人を比べて悔しい思いもする。失敗が続くと、次もできないのではないかと不安になり、できないことがストレスになる。もちろん、勉強をしたことがうまい結果に終わると喜び、満足し、自信を呼び起こす。それが次への糧となる。このように、学習や活動には、成功感や達成感といったプラスの情動と不安やストレスといったマイナスの情動が関係している。不安やストレスは、常にマイナスに働き、学習を妨害したり抑制したりするとは限らない。むしろ適度な不安やストレスは、失敗をしないように準備を促したり、課題に注意を集中させ、解決や学習に向かう適切な行動を導く。このような不安やストレスを善玉(促進・適度な・プラス)不安と呼ぶ。
 問題なのは、混乱やパニックに導く異常に高い不安やストレスである。このような不安やストレスを悪玉(抑制・過剰な・マイナス)不安と呼ぶ。そこで、子どもたちの学校生活の充実を阻害する原因となる不安やストレスの内容や程度を教師があらかじめ知ることができれば、子どもたちを適切に指導できるのである。この点について教師の関心は極めて低く、無知な先生が多い。

テスト不安の研究、ウエルライフ(学校生活充実)検査から明らかにされたこと

 不安やストレスのために子どもたちの学習はどれほど阻害されているか? 本来の能力を発揮できないでいるか? 例えば、テスト不安と学業成績(小学校は4教科、中学校は5教科、高校は国数英の3教科)の相関について調べてみると、小学5年生(454人)で−0.42、3〜6年生(541人)で−0.35、中学3年生(264人)で−0.31、女子高校1年生で最低−0.16〜最高−0.55、2年生で最低−0.07〜最高−0.55であった(241名)。このように、テスト不安が高い子どもほど小・中・高に関係なく、学業成績が強く妨害抑制されている現実がある。
 子どもたちは、学校生活の中で自分の能力を試されたり、他人と比べられたりする機会が極めて多い。まわりからプラスやマイナスの評価を受けることで自己概念が確立し、自尊感情が次第に形成されていく。自尊感情は子どもがどれくらい価値あるすぐれた存在として自分を捉えているかに関する態度、あるいはその態度に伴う感情である。良いことも悪いことも含めて全ての自分を受け止めることをいう。簡単にいうと「自分が好きだ、素敵だ」と思う気持ちをいう。しかし、自己が評価される事態を必要以上に脅威に感じ、学校生活が「自信がなく消極的」「勉強に集中できない」「理解が劣る」「すぐ投出す」「学業が振るわない」「〜嫌い」という状態に陥ることは、当の子どもにとっても、指導する教師にとっても不幸なことである。
 また、評価を抜きに教育は語れないが、評価するそのこと自体が子どもの能力や実力を歪めて捉えることになるのであれば、教育評価本来の目的からみても憂慮すべきである。その意味で学校教育の中で不安やストレスの程度を測定し、有害なもの(悪玉不安)を取り除くことは重要な課題といえる。そのために、教師は学校生活で子どもが受ける不安やストレスを正確に捉え、その特性を理解する必要がある。
 全ての子どもにとって学習の場がそれぞれに刺激的で楽しく、学校生活の場が喜びに溢れ、居場所があるというのが基本的な姿であろう。いじめや不登校、体罰など、身体的、心理的脅威はもっての外である。個々に子どもが「生かされる」ためには、教師は正しい情報を持つ必要がある。我々が開発したウエルライフ検査は、子どもについて自己を価値ある存在とみなす自尊感情の育ちのプラスの面とそれらを阻害する不安やストレス(授業や試験不安、対教師・仲間不安、休憩時、行事の不安などを含めて学校内不安と呼称)のマイナス面の測定の2つの観点から子どもを理解し、診断し、指導に活かそうとするものである。
 なお、自尊感情と学校内不安の相関は、小学3〜6年生(536人)で−0.53、中学1年生(111人)で−0.41、高校生では1年生(292人)で−0.32、2年生(325人)で−0.44であった(荒木紀幸著『不安やストレスを下げ、自尊感情を高める心理学−学校生活を充実させるために−』(あいり出版)、荒木紀幸著『ウエルライフ(学校生活充実)検査―診断と指導の手引き』(トーヨーフィジカル))。

荒木 紀幸あらき のりゆき

大阪府に生まれる。同志社大学大学院博士課程心理学専攻中退。現在、福山大学大学教育センター教授、日本道徳性発達実践学会理事長、NPO法人学習開発研究所教員研修担当、中華自民共和国東北師範大学客員教授、兵庫教育大学名誉教授、専門(教育心理学・道徳性心理学)博士(心理学)。

【主な著書・編著書】『モラルジレンマ教材でする白熱討論の道徳授業=小学校編』監修(2012年)、『21世紀型授業つくり−モラルジレンマで道徳の授業を変える』(2007年)、以上明治図書刊。『改訂教育心理学の最先端−自尊感情の育成と学校生活の充実』編著(2008年、あいり出版)

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