著者インタビュー
新刊書籍の内容や発刊にまつわる面白エピソード、授業に取り入れるポイントなどを、著者に直撃インタビューします。
「キャリア教育」とは“社会に生きる素地を育てる”こと
京都教育大学附属京都中学校副校長橋本 雅子
2006/3/10 掲載
  • 著者インタビュー
  • 生活・生徒・進路指導
 小・中学校での「キャリア教育」の実践をまとめた新刊『これならできる「キャリア教育」』。京都教育大学附属京都中学校の橋本雅子副校長先生にお話をうかがいました。

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京都教育大学附属京都中学校

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―本書では、「キャリア教育」に取り組まれてからの3年間の実践が報告されています。いちはやく「キャリア教育」に取り組まれたきっかけや思いを教えてください。

 きっかけのひとつは、小・中学校の9年制学校の設立に向けて取り組みを始める中で、今の生徒の現状を見て、子どもたちは夢や希望を抱いているのだろうかと感じたことです。そして、小学生が抱いている夢や希望を中学3年生になっても失ってほしくないなぁと強く思いました。それで、小・中学校としての目指す生徒像を「自らの将来展望を切り拓いていく能力を身につけ、21世紀をリードする生徒の育成を目指します」としました。具体的には、自己の個性を理解し、主体的に進路を選択できる生徒の育成を目指すことを提案したことで、キャリア教育につながったと思います。
 また、この考えに至った背景には、私自身が平成12年の中央研修で仙崎武先生(日本キャリア教育学会名誉会長)や渡辺三枝子先生(筑波大学教授)からご教授いただく機会に恵まれたことが大きな要因となっています。

―京都小学校、中学校では「キャリア教育」のために「アントレプレナー」「サイエンス」「ランゲージ」という新しい教科をつくり、授業をなさっています。どのような授業なのでしょうか。また生徒さんがどんな様子で取り組んでいるかも教えてください。

 新教科「アントレプレナー」「サイエンス」「ランゲージ」は、学校教育と社会をつなぐ学習だととらえていただければと思います。ですから、この新教科だけが、イコール、キャリア教育ではありません。小学校段階から、それぞれの段階で、子どもたちには常に「夢」をもってもらいたいと考えますが、その素地づくりから夢の形成までを支援する学習だと考えます。
 具体的には、「アントレプレナー」では起業家の精神に学ぶ学習として、商品開発や企画型の授業をします。子どもたちは起業家の方からの助言を聞き、「これは社会に出てから役に立つ授業だ」と実感しているようです。「サイエンス」「ランゲージ」はその名のとおり理数系、言語系の教科ですが、小学5年生から始めて中学2・3年の段階で暫定的に将来の職業を思い浮かべ、興味関心のあるコースを選択します。「サイエンス」では、理学第Tコース(大学の教授による授業)・理学第Uコース・工学コース・情報コースのいずれかを選択するのです。「ランゲージ」では、日本語の口頭伝達コース・文書伝達コース・英語の英検突破コース・英会話強化コースに分かれます。専門の先生の授業やゲストティーチャーを交えての授業は、学習に対しての興味・関心も高く、意義深いものになりました。

―橋本先生は、「キャリア教育」についての研究会などでよく講師を務められ、現場の先生の声を聞かれることも多いと思います。「キャリア教育」を進めていく上で、先生方のいちばんのとまどいや、難しさは何だとお考えですか。またそれをどうやって乗りこえられたのか、実践を通してのお考えをお聞かせください。

 よく現場の先生方から「『キャリア教育』を始めたいのですが、何をしたらいいのですか」と尋ねられます。また、キャリア教育を職業体験の充実と狭い意味にとらえておられる方もあります。私は、”進路指導”という文言から”キャリア教育”という文言に変わったことからもわかるように、今までの、進路情報の提供・出口指導・職業理解指導という狭い領域から、教育という学校全般にわたる広領域の生き方教育に広がったのだと理解します。したがって、子どもたちがそれぞれの年代で自らの進むべき道を考えるときに、教育全般から支援していけることが重要なのではないかと考えているのです。
 今回の本では、従来の教科や新教科(「アントレプレナー」「サイエンス」「ランゲージ」)の枠組みでできるキャリア教育を紹介しています。このほかにも相談活動や進路情報など大切なことはたくさんありますが、教員という立場なら誰もができる“教科学習”に取り組んだことが、いちばんのポイントなのではないでしょうか。社会に出てから通用する教育、日常生活で活用できる教育につながるように、意識的にキャリア教育を教科学習に取り入れたのです。ですから書名は、プロの教師として誰でもできるという意味をこめて、『これならできる「キャリア教育」』なのです。

―ニートの若者の増加が社会でも大きな問題となっています。そういう現状に対する、学校、特に小・中学校の役割は何だとお考えですか。

 生きていく上でいろいろな選択の場面があると思います。そのときに選択できる素地(材料)を子どもたちが自らの中に備えているかどうかが重要だと思います。その素地は、学校教育では、確かな学力であったり豊かな感性・人間性であったり、個性の伸長、的確な職業観などから形成されると考えます。したがって、小・中学校の役割としては、子どもたちが学ぶ意義を感じること、自ら学ぶ態度を育成することが大切なのではないでしょうか。そして、大きな意味での自律をうながすことだと感じています。

―アメリカに視察にも行かれたとうかがいました。そのようなご経験からの視点も含めて、最後に、今後のキャリア教育のあり方について一言お願いいたします。

 平成17年8月27日〜9月4日の期間に独立行政法人教員研修センターからの依頼を受け、「外国におけるキャリア教育」調査団として勉強させていただきました。小学校から大学まで視察し、キャリア教育について説明をうかがいました。率直な感想としては、キャリアセンターの担っている役割が大きいと感じました。そこでは、スキルをつけるとともにキャリアカウンセリングの充実が図られていました。日本と比較するとシステムそのものに違いがあると感じます。
 日本のシステムでは、今後のキャリア教育が職業校の復活や職業訓練所の充実という方向に進むのではなく、小学校・中学校・高等学校そして大学も含めた教育の場で、担任や教科担当が何を教授していくべきなのか、子どもたちとどのような関わりをもっていくべきなのか、教育をどのようにつなげていくのか、というような視点で取り組むことが重要なのだと思います。
 単にニート対策のためのキャリア教育ではなく、子どもたちに「生きる力」を育むためのキャリア教育になってほしいと思います。そして、その現場に携わる教師も社会の変動に対応していける人間性を身につけ、キャリアアップを目指さなければならないと感じます。

(構成:阿波)

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