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1 「子どもの貧困」とは何か
「子どもの貧困」とは、各国における貧困線以下の所得で暮らす17歳以下の子どもの存在・生活状況を指します。「貧困」というと途上国で起きている問題と思われがちですが、その国の物価・生活・教育レベルによって、最低限必要な生活ラインは異なりますので、いくら先進国であっても貧困はあります。
例えば日本では、高校やその先の大学などに進学することが当たり前な時代に突入しています。また、子どもの学習や教養などは、塾や習い事などに行くことでも多くがまかなわれる時代でもあります。しかし、「子どもの貧困」下の子どもたちは、塾や習いごと、進学費用などの工面が難しいため、早期から学習遅れや進学意欲の低下などに陥りやすいのです。そのような子どもたちは、日本では当たり前となりつつある学力や学歴を習得することすら困難な状況に置かれ、大人になってからの経済的自立に支障をきたす場合もあります。
「子どもの貧困」下にある子どもの困りごとは、学習面以外にもあります。子どもの貧困の背景には、親自身の経済的・精神的孤立が背景にあることが多々あります。そのため、余裕のある家庭に比べて、愛情や文化活動、栄養ある食事など、あらゆる面で格差がおきやすく、それが子どもたちの成長や自立を妨げる要因にもなっています。
最近は公園には遊具もあまり置かれておらず、特に都心部では道路などが多かったりと、子どもたちが外で自由に遊ぶことも難しい場合があります。親が働きづめで、子どもを見守ったり、安全な遊び場に連れていったりする余裕もない場合、子どもたちは家以外に安全かつ無料で遊べる場が保証されないことがあります。そうすると、様々な体験活動、大人や地域社会とのつながりなども失われやすいのです。一方で、経済的に余裕のある家庭では、早期から英語教育や文化活動、体験活動なども経験させています。学力だけでなく、その基盤となる様々な経験、コミュニケーション能力、社会への信頼感、自己肯定感など、あらゆる面が環境によって左右されうる時代になっているのです。
では、いったいどれほどの子どもが「子どもの貧困」下にいるのでしょうか。
日本では現在300万人以上の子どもたちが「子どもの貧困」下にいるとされています。7人に1人ほどの割合で、30〜40人学級でいえば5〜6人はいてもおかしくない計算になります。
しかし今は経済的に豊かな人は住まい(地域)や、学校までも選択できる時代です。例えば、同じ東京都でも住む地域によって所得水準は大きく異なりますし、家庭によっては幼稚園や小学校から教育水準も費用も高い学校に通わせることがあります。そうすると、地域や学校に「貧困」の子どもがいないエリアでは貧困を全く実感することなく育つ人がいる一方で、7人に1人よりも多い割合で「貧困」の子どもが存在し、むしろ貧困が珍しくない(=当たり前な)人たちがいる、二極化が進んでいます。どちらにとっても「貧困」は実感しづらく、だからこそ知らぬ間に大きな隔たりが生まれ続けているのが現状だと感じています(子どもの貧困についてもっと詳しく知りたい方はデータで見る子どもの貧困と格差をご覧ください)。
2 子ども支援から見えてきたこと
私が代表を務めているNPO法人3keys(スリーキーズ)では、貧困の子どもたちだけでなく、虐待や育児放棄などによって子どもたちに愛情や安全な環境を提供することすらできないほど、困窮した家庭の子どもたちを支援しています。
活動は、大きく分けて@学習支援事業、A子どもの権利保障推進事業、B啓発活動事業の3つです(詳細は3keys公式HPをご覧ください)。
これまで虐待・育児放棄などによって学習が大幅に遅れている小学生〜高校生程度の年齢の子どもたち(中退・中卒含む)に学習支援や、学習に限らない悩みの相談・対応、支援機関への橋渡しなどを行ってきました。2016年度はそれらで合わせて1500人以上の子どもたちに支援を届けることができました。その多くは、虐待や貧困などで親に頼れない・頼りたくない、孤立した子どもたちです。
貧困状態にあったり、虐待を受けていたりしても、子どもたちに罪はありません。私たちは生まれ育った環境によらずすべての子どもたちが必要な教育や愛情を受けられることを目指しています。それが、次世代の貧困や虐待の連鎖を防ぐことにもつながると考えています。
活動の中で、「子どもの貧困」下にあるたくさんの子どもたちと接してきました。
私たちが支援している子どもたちの中には、幼い頃から十分な愛情や教育を受けられず、人への頼り方がわからない・大人に迷惑をかけてはいけないなどと思い、困ったことがあっても素直に言えなかったり、嘘をついて心配させないようにしたりする子どもたちもいます。また、中には親からの虐待で、人を信頼できないケースもあります。
そのような子どもたちは、身近に話をゆっくり聞いてくれる大人がいないことも多いです。そんな中で勉強を教えるボランティアや、相談窓口の職員と打ち解けてきたら、いろんなことを話してくれます。打ち解けるまで時間がかかることも多いですが、自分だけの話をじっくり聞いてくれる存在は珍しいというケースも少なくありません。
少しでも学校がいい思い出の場所になるためのサポートや、学校であったいい話を共有できる相手になれたらなと思っています。
子どもたちが今本当に困っていることはなんなのか、本当に伝えたいことはなんなのか、大人から歩み寄る姿勢が大事だと考えています。
3 「子どもの貧困」下にある子どものために、学校の先生ができること
支援活動を通して「子どもの貧困」下にある子どもたちへの学校の対応を見ていると、対応は学校や先生によって本当に様々ですが、残念ながらまだ全体を通して理解が進んでいるとは言えない状況であると感じています。
今はひとり親家庭や、実の親と暮らせない子どもたちも多い時代になっています。生活環境も様々です。二分の一成人式や授業参観日、保護者会、運動会での家族との食事の時間、お弁当に込められた時間や具材の差など、様々な場面で傷ついている子どもたちを見てきました。その小さな積み重ねが「自分は人と違うんだ」とか、「大人はどうせわかってくれない」といった気持ちになり、不登校や学業不振、進学意欲の低下、先生や大人への不信感につながっていると感じています。ましてや学校は、大事な子ども時代の生活の半分を占める大きな存在です。
昔と比べ子どもたちの育つ環境は多様であることを学校が受け入れ、多様であることで傷つくのではなく、多様であることを理解しあい、受け入れられるようなそんな環境に変わっていく必要性を感じます。
では、学校が「子どもの貧困」下で困っている子どもを支えるにはどのようなことが必要でしょうか。
「子どもの貧困」下にあり困っている子どもたちは、上述したように、大人に助けを求めても助けてもらった経験がなかったり、心配をかけたくない気持ちなどがあったりします。そのため、困ったことを聞いても「大丈夫」と言う子どもがたくさんいます。まず第一歩は子どもの「大丈夫」で安心して解決したつもりにならないことが第一歩だと思います。
また、実は先生方も、困っている子どもが発しているSOSにはなんとなく気づいているのではないかと思います。問題は先生が気づいていないことではなくて、気づいた後にどうしたらよいかわからず、目をつぶるしかないと感じていることではないでしょうか。先生は子どもたちの異変を感じやすい立場にいますが、その解決までも先生が担うのは、今の先生の業務負担や、教員養成課程の現状から考えると現実的ではないと思います。
心配なときは、スクールソーシャルワーカーなどと相談しながら、もう一歩踏み込むことで見えてくることも多いように思います。
また、子どもの支援を担うNPOなどに相談・連携するのもよいかと思います。3keysでは10代向けに子どもが利用できる支援団体をまとめたサイトを運営しています。これはどこに相談したらよいかわからない先生や、困っている子どものまわりにいる大人にとっても参考になると思っています。もしスクールソーシャルワーカーや地域のNPOなどとつながりにくいときには、こちらもぜひ参考にしていただければと思います(10代向け支援サービス検索・相談サイト「Mex(ミークス)」に、全国の子どもの支援サービスがまとまっています)。
ただ、子どもたちの困難に向き合い、学校内外で相談・連携するためには、何より先生の余裕をつくることが大事だと思います。子どものSOSを発見しても、それに向き合う余裕や、連携する余裕がないと、結局解決しません。スクールソーシャルワーカーの配置数の増加や、先生ひとりあたりの担当数や業務負担を減らすことが必要です。
また、先生がもっと教科指導に専念したり、少人数指導が実現したりすれば、学校の授業を補うために塾に行く必要性も減ってくるのではと感じます。そうすれば家計における教育費の負担が減り、貧困がすなわち学習遅れにつながることも減らすことができるのではないでしょうか。「子どもの貧困」下にある子どもの学習の遅れの状況は、もはや現場の努力でなんとか保てるような状況よりもかなり深刻な状態にあると感じています。何より公教育の在り方を見直すことが必要なのではないでしょうか。
今は子どもに向き合いきれていないことを自責するよりも、ぜひ一人で抱えず、先生自身がSOSを発信できるようになってほしいと感じています。それが仕組みの改善にもつながりうると考えています。私たちが運営する3keysもまだ小さい団体ですが、何かできることがあればぜひご連絡をいただけたら嬉しいです。