教育オピニオン
日本の教育界にあらゆる角度から斬り込む!様々な立場の執筆者による読み応えのある記事をお届けします。
ピア・サポートを生かした「心理的安全性」の高い学級づくり
新年度の学級開きに備えて
第一学院高等学校顧問山口 権治
2023/3/22 掲載

心理的安全性の高い学級をつくるには


 新年度が始まるころ、毎年話題になるのが「小一プロプレム」「中一ギャップ」「高一クライシス」といった問題です。これらは環境が大きく変わるときに不適応に陥りやすいことを示しています。友だちとの人間関係が変わり、学習内容が変わり、教員の関わり方も変わるという「変わり目」の時期は、いじめや不登校などの問題が増加します。しかし、学級内の「心理的安全性」が高まれば、そうした問題は減少するのではないでしょうか。
 心理的安全性とは、組織の中での「何でも話せる」という安心感です。この言葉が注目されるようになったきっかけは、Googleが効果的に動くチームの力学を調査するプロジェクトを立ち上げ、その研究結果を発表したことでした。
 ここで特定された5つの成功因子のうち、最も重要とされたのが心理的安全性です。心理的安全性の高いチームのメンバーは仕事に対する意欲が高く、他のメンバーの発案による多様なアイデアを上手に活用できること、課題達成率が高いことがわかりました。
 心理的安全性をつくる要素は、以下の4つです。

@何を言っても大丈夫という「話しやすさ」
A困ったときはお互い様という「助け合い」
Bとりあえずやってみようという「挑戦」
C異なる価値観をもつ人もどんとこいという「新奇歓迎」

 これらに基づいて考えると、教育現場の課題が見えてくるのではないでしょうか。
 意見が対立して人間関係にひびが入ることを恐れるあまり、言いたいことが言えない。
 日常の話題も行動も周囲に合わせなければ、グループから浮いてしまう。
 問題に気づいて意見を言うと、白い眼で見られる。
 些細な失敗でも、笑われたり陰口を囁かれたりする。
 先生方の学級も、そんな「心理的安全性が低い学級」になってはいないでしょうか。このような状況では、いじめや不登校を起こす児童生徒の減少は期待できません。
 そこで、学級内の心理的安全性を高め、いじめや不登校が起こらない学級集団をつくっていくうえで力を発揮するのが「ピア・サポート」の技法です。

良好な人間関係を構築するピア・サポート・トレーニング


 日本ピア・サポート学会によると、「ピア」とは仲間・同僚の意味です。これは、同年代の友だちに限らず「同じコミュニティで共存する仲間」を意味し、学校というコミュニティの場合、子どもばかりではなく教師も含まれます。そして「サポート」は支援の意味です。つまりピア・サポートとは「仲間による支援」を意味する言葉です。
 その背景には「だれもが成長する力をもっている」「だれもが自分で問題を解決する力をもっている」という哲学があります。子どもが問題を抱えた際、周囲の大人などの「だれか別の人間」が解決するのではなく、本人が自分の力で乗り越えることができるように支援するのです。学校でピア・サポートを導入する場合、具体的には「コミュニケーションスキルを学ぶトレーニング」と「そのスキルを活用して他者支援を行うサポート活動」を行います。その過程で相互理解が促進され、良好な人間関係が構築され、お互いに助け合う文化が生まれます。いじめ不登校などの問題を「自分事」と捉え、主体的に解決していくことをめ目指します。
 トレーニングによって身につけるスキルは、主として以下の4つです。

@傾聴

 「話を聞くときの態度」を意識しながら「相手の言葉を繰り返す」「相手の話を要約する」などの訓練を行います。「事実」と「相手の気持ち」を理解し、自分が理解した内容を相手に確認しながら話を聞こうとする態度を身につけるものです。

Aアサーション

 上手な頼み方や断り方、「アイメッセージ(「私」を主語にした伝え方)」を学びます。自分も他者も傷つけることのない「伝え方」を身につけるものです。

B課題解決

 課題解決の5つのステップ(@課題の明確化/Aゴールの明確化/B解決案のブレインストーミング/C解決案の検討/D解決案の選択と行動計画)に基づき、傾聴のスキルを活用して「他者が抱えている課題の解決」を支援することを学びます。

C対立解消(メディエーション)

 仲間同士のもめごとが起こっている場面を想定し、それを仲裁する立場として「繰り返し」「要約」などの傾聴のスキルを活用しながら当事者の話を聞く訓練を行います。「問題となっている事実」とともに、当事者それぞれの「気持ち」「願い」「がんばっているところ」を理解して、共通点と相違点を見出し、当事者同士の合意を引き出す方法を学ぶものです。
 こうしたスキルを学校行事や日常の生活・学習の場面で積極的に活用し、子どもたちがお互いに助け合い、認め合う行動を取るようになると、自己理解・他者理解・相互理解が深まり、良好な人間関係が構築されていきます。情緒的なつながりと言える「絆」が強まるのです。

トレーニングの成果


 ここで、スキルトレーニングの成果について、3校の事例を紹介します。
 筆者は、2020年度にA小学校から依頼を受け、4年生75名を対象に全5回のトレーニングを行いました。その最終回でメディエーションのトレーニングを実施するに当たって「友だちがもめごとを起こしていたら、あなたはどうしますか」というアンケートを行ったところ、「解決できるように助ける」と回答した児童の割合はトレーニングの実施前で26%、実施後は75%という結果が得られました(2020年12月1日実施)。その後、担当教諭からは「4月に頻発していたクラス内のもめごとが、全5回のトレーニング終了後はほとんど見受けられなくなった」との報告を受けています。その年の学校総合評価では「トレーニングを受けていない学年」より「受けた学年」の方が高評価であったということです。
 B小学校では、筆者が教員研修の依頼を受けたことをきっかけに、2018年度から学校を挙げてピア・サポートの取組を始めました。その翌年、2019年5月に行われた6年生対象の全国学力・学習状況調査では、「人が困っているときは、進んで助けていますか」という問いに対して肯定的な回答をした児童が72.20%となり、全国平均の40.20%、県平均の38.20%を大きく上回りました。さらに2021年の調査では、97%にまで伸びています。同校の養護教諭によると、教室に入ることにはためらいがあっても学校を休まず保健室登校をする児童、保健室登校から学級に戻る児童が増えており、完全不登校の児童数は減っているとのことです。「ピア・サポートによって学級の雰囲気が共感的・支持的なものに変化し、不登校の子供が学級に戻りやすくなっているのでは」とのコメントをいただきました。
 C中学校では2022年度に希望した22名の生徒対象に、放課後10回のピア・サポート講座を実施しました。「よい聞き方」「上手な断り方」「繰り返し・要約の技法」などテーマ別の学習を積み重ね、「問題解決」「対立解消」のスキルを身につけるとともに、他者を支援する実践力を養いました。参加した3年生の生徒は「初対面の人と話すのが苦手。上手にコミュニケーションをとりたいと思った」と参加動機を説明し、「目を見て話すといった基本的な知識が身についた」と語りました。別の3年生は「講座を受けてから、話の聞き方がうまくなったと友人に言われた」と手ごたえを感じていました。

 ピア・サポート・トレーニングに取り組み、一人ひとりのコミュニケーション能力や人間関係構築能力が向上すると、学級内に「何を言っても大丈夫」「困ったときはお互い様」「おもしろい、とりあえずやってみよう」といった風土が醸成されていきます。その結果、心理的安全性が高まり、いじめや不登校が起こらない学級集団に変容するのではないでしょうか。

【参考文献】
山口権治(2019)『ピア・サポートを生かした学級づくりプログラム』(明治図書)
山口権治(2017)『不登校・いじめを起こさない集団づくり―ピア・サポートに学ぶ―』(公益財団法人モラロジー研究所)

山口 権治やまぐち けんじ

1956年静岡県浜松市生まれ。県内の公立高校で英語教員として教鞭を執るかたわら、課外活動として生徒同士が助け合い、支え合う、ピア・サポートを指導。ピア・サポーターとして育成した有志の生徒たちと共に、校内をはじめ、近隣の小中学校へ出向き、ピア・サポートを指導する。その活動が認められ、定年退職を機に浜松市教育員会に招かれる。不登校対策として市内の小中学校に出向き、出前授業や教員研修を行う。2017年、日本ピア・サポート学会静岡支部を立ち上げ、2021年には日本ピア・サポート学会主催の全国大会を浜松で開催する。今春から第一学院高等学校顧問としてピア・サポート普及に取り組む。
著書に 『中学校・高校 ピア・サポートを生かした学級づくりプログラム』(明治図書)ほか。

コメントの受付は終了しました。