- 『授業の話術を鍛える』復刻版に寄せて
- まえがき
- 1章 授業の話術を大切に
- 1 話しことばと人間関係
- 2 不可欠の教育手段としての話術
- 3 ことばの五つの働き
- 4 話術で子どもに裁かれる
- 2章 話術七戒を自覚して
- 1 明快に話す
- 2 簡潔に話す
- 3 具体的に話す
- 4 沈黙と間を生かす
- 5 聴衆分析をする
- 6 視線を合わす
- 7 ぶらずに、らしゅうせよ
- 3章 ポイント話術で楽しい導入を
- 1 前時とつなげる話術
- 2 導入と興味づけの話術
- 3 課題意識を高める話術
- 4章 ポイント話術で澄んだ集中を
- 1 うわついて散漫な時の話術
- 2 話し合いが横道に外れた時の話術
- 3 一問一答になってしまった時の話術
- 4 教師の一方的なリードになった時の話術
- 5章 ポイント話術で深い追究を
- 1 指示と命令の話術
- 2 説明と解説の話術
- 3 問いとゆさぶりの話術
- 4 診断と評価の話術
- 5 区切りと束ねの話術
- 6 発言の受けとめ方、生かし方の話術
- 6章 ポイント話術で明るさを
- 1 緊張を和らげる話術
- 2 雰囲気が白けてきた時の話術
- 3 発言者が偏った時の話術
- 7章 ポイント話術で確かなまとめを
- 1 まとめと確認のための話術
- 2 納得と感動を促す話術
- 3 次時へのつながりを持たせる話術
- 4 余韻と残心を生み出す話術
- 8章 話術の貧困の自覚と反省を
- 1 教師の話術の意外な貧困性
- 2 教師の話術の一般病理
- 9章 授業話術の修練を
- 1 授業話術修練の必要
- 2 話術のメカニズムの解明
- 3 授業話術の自己評価表
- 10章 話術に豊かな品位を
- 1 話し方の個性
- 2 話し方の品位―結びにかえて―
- あとがき
『授業の話術を鍛える』復刻版に寄せて
「根本、本質、原点」に立脚して
この本『授業の話術を鍛える』の原著は、今から三十四年前、私が四十六歳の頃の著書『小学生に対する話し方技術』です。この度、光栄にも『名著復刻』の一冊として装いも新たに刊行されることになり、心から感謝をしています。
私は、定年までの三十八年間を小学校現場でだけ過ごした、実践者です。毎日毎日、直接子供と授業を楽しんできました。子供を直接的に伸ばし、高めていけるのは、教育制度でもなければ教育行政でもありません。教育学者でもないし、教育書でもありません。子供を直接、本当に、伸ばし、高めていけるのは、日々を子供と暮らす教師だけです。そして、それこそが学校現場の実践者としてのかけがえのない誇りであり、喜びであり、楽しみです。教育実践は、何よりも教育の「事実」を作る営みだからです。
五年ほど公立小学校で実践をしてから、縁あって千葉大学教育学部の附属小に転じました。ここでは常に授業が誰かに見られていることになりました。そうなると、どうしても質の高い、効率的な、学力形成の明確な授業を見せなくてはいけません。ある特定の授業を上手にやればいい、というのではありません。朝から晩まで、毎日のようにいろいろな人が教室に入っていますから、結局のところ、日常の授業の質を高める他はないのです。
千葉大附属小での二十年間は、一言で言えば「授業研究」が日常になりました。それは、辛いとか、苦しいとかではなく、私にとっては本当に面白く、楽しみな日々でした。授業の実際をめぐって批判されたり、叱られたり、笑われたり、あきれられたりはしましたが、それらの一つ一つが、みんな私にとっては有益で、それらのおかげで私は授業の力を高めることができたと、今でも心から感謝をしています。
教育実習生やプロの先生方と授業の話をする機会がたくさんありましたが、そこで私が話すことは全て実際に私がやって見せられなくてはなりません。そこが実践者としての強みですし、本物の自信を持てる基盤です。私は、常に「実践を潜らせて理論を導く」ことをモットーにしていましたから、自分にできもしないことを人に話したり、本に書いたりしたことはありません。話すこと、書くことは全て私にできたことです。そこが強みです。自信です。喜びです。
ですから、私は八十歳になった現在でも、頼まれた上に自分の都合さえつけば、どこへでも出かけて授業をしています。今も年間十回を下ることはありません。実際に私が授業をし、それを見て貰うと、「本を読んで分かったつもりになっていたが、実際の授業を見ると自分の理解の不足に気がついた」とか、「本に書いてあったことが、こういうことだったのかと得心がいった」、というようなことをよく耳にします。やはり、授業研究は生の授業を見るのが一番です。
さて、言うまでもなく本書は「授業の話術」について、実践者として必要な理論と技術を簡潔に述べたものですが、単なるハウツーもの、マニュアルものに堕ちないよう、常に「根本、本質、原点」に立脚した論考にすべく努めました。「どうするか」についてもむろん述べていますが、それらが「何の為に」「なぜそうするのか」という思索、吟味を伴う読みによって、いっそう本書の価値が分かっていただけると考えています。
授業の根本的、本質的価値は「学力形成」の一語、四文字にあり、それが授業というものの原点です。学力形成を、具体的に、事実として、効果的に、確かになし得たら、それは間違いなく上質の授業です。どんなに楽しく、生き生きと子供達が活動していようとも、学力形成が具現されていなければ、それは授業としては失格です。このように、根本は何か、本質は何か、原点はどこにあるのか、ということを実践者は常に自らに問いかけるべきです。それを忘れた実践は、どんなに熱心にされていても本来の成果は生まれないと考えてよいでしょう。私は、根本や本質を問わない実践者を「実践埋没型教師」と呼んでいます。実践にだけ埋没すると、その実践の良否や善悪を吟味、検討することを忘れ、「井の中の蛙」に堕しかねません。
また、学力形成を保障するという立場からは、成績上位の子供ばかりが活躍する授業を作らないようにすべきです。できた子供よりも、できない子供の方を大切にしなくてはいけません。「よくできたねえ」という言葉よりも「間違いだと分かってよかったねえ」という言葉の方が教育的には価値が高いはずです。分からないから、できないから、うまくいかないから、学校に来るのです。学校はそういう子供こそが喜んで来てくれなくてはいけない所です。だから私は「できることより、変わること」を子供達に奨励しました。百点をとった子供には「何も変われず残念だったね」と同情し、六十五点をとった子には「よかったね。このテストは君を三十五点も伸ばしてくれるぞ。間違いをもう一度やり直してごらん」と言います。こうすることによって、子供は「やる気」を持ち、学びに挑み、学びによる成長を自覚していきます。これを私は「向上的変容の自覚」と呼んで大いに奨励しました。子供達がにっこりするのは申すまでもありません。
このような考え方で授業をしてみると、どんな場合でも授業が楽しく、面白く思えるようになります。本書によって、どうぞ大いに「授業を楽しむ」よう努めて下さい。私は今でも授業をさせてもらうと若返る気分になります。授業をするのが好きだし、授業をするのが楽しいからです。
本書もまた沢山の方のお世話になって刊行されました。原著の編集に当たられた元編集長江部満氏、その志を受けついで本書の復刻を企画された現編集部長の木山麻衣子氏、本書の直接の編集を担当して下さった矢口郁雄氏に心から感謝を捧げます。有難うございました。
平成二十八年八月二十九日 野口芳宏記す
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