- まえがき
- 第1章 中学校の特別支援教育をどう進めるか
- 1 中学校期はどのような時期か
- 1 中学生の発達課題
- 2 中学校で取り組みが求められる背景
- 3 巡回相談で見られる中学校の現状
- 2 中学校で進み始めた特別支援教育
- 1 特別支援教育の現状と課題
- 2 支援を求めている生徒たち
- 3 中学校 通常の学級の特別支援教育
- 1 ユニバーサルデザインの取り組みから学びの向上へ
- 2 学校環境と学習環境の整備からユニバーサルデザインへ
- 3 どの教科にも共通するユニバーサルデザインの授業づくり
- 4 公開授業研究会で進める授業のユニバーサルデザイン化
- 4 中学校 通級指導教室の役割
- 1 「本当は勉強がわかりたい」の言葉から始まった支援
- 2 生徒を支えるチームの一員として
- 3 教科のつまずき支援がつながりをつくる
- 4 通級指導教室の課題と今後の取り組み
- 第2章 ユニバーサルデザインと合理的配慮の視点でつくる授業
- 1 授業におけるユニバーサルデザインと合理的配慮
- 1 国語科(1年:小説の読解)
- 2 国語科(3年:詩)
- 3 社会科(歴史,公民)
- 4 社会科(3年:公民)
- 5 数学科(2年:図形)
- 6 音楽科(2年:表現・器楽)
- 7 美術科(1年:デッサン)
- 8 外国語科(英語)
- 9 特別な教科 道徳(1年)
- 10 特別な教科 道徳(2年)
- 11 特別な教科 道徳(3年)
- 2 合理的配慮に結びつく個別支援
- 1 高校進学に向けての取り組み
- 2 テストへの配慮
- 第3章 学校・地域みんなで支援を深めるために
- 1 教科の専門性を生かし,共通理解を深める研修
- 1 中学校の特性を生かす
- 2 市内共有フォルダでの情報提供と研究協力校としての取り組み
- 3 授業研究を通した共通理解
- 2 ユニバーサルデザインと合理的配慮に取り組むために
- 1 ユニバーサルデザイン化の意義
- 2 通常の学級の授業ユニバーサルデザインで注意したいこと
- あとがき
まえがき
本書は,『通常の学級で行う特別支援教育1 〈小学校〉ユニバーサルデザインの授業づくり・学級づくり』の続編として公刊した。
特別支援教育が始まって約10年が経過した今日,特に授業のユニバーサルデザイン化については,小学校だけでなく,中学校・高校・大学にまで広がりつつある。小学校では,多くの地域で新任教員が増えている現状にあって,長年の教職経験によってではなく,誰でも取り組むことが可能な授業のユニバーサルデザイン化が求められており,特別な支援を必要とする子どもたちだけでなく,すべての子どもたちにとっても学びやすい環境設定と授業の構成,指導方法につながるものとして,全国的に取り組みが進み始めていると言える。
一方で,平成23年8月の「障害者基本法」の一部改正及びその延長線上としての平成25年6月の「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(障害者差別解消法)の制定によって,障害者の権利を遵守するための「合理的配慮」の提供が法的にも義務づけられたことは,歴史的に大きな意義がある。こうした流れを受けて文部科学省も,平成22年度からワーキンググループを中心に合理的配慮を具体的に検討してきた結果,国連の「障害者の権利に関する条約」の第24条に基づき,教育についての障害者の権利を認め,この権利を差別なしに,かつ,機会の均等を基礎として実現するため,障害者を包容する教育制度(インクルーシブ教育システム)等を確保することとし,その権利の実現に当たり確保するものの一つとして,「個人に必要とされる合理的配慮が提供される」等が必要とされている。
大学入試センター試験においては,平成23年度の入試から発達障害に対しても入試での様々な配慮が実施されるようになった。しかしながら,合理的配慮を受けるにあたっては,それまでの中学校生活,高校生活の中ですでに合理的配慮を受けてきたという実績が必要となることは言うまでもない。では,実際,中学校や高校において合理的配慮がどの程度実施されているかというと,まだまだ不十分な状況である。
「合理的配慮」は,障害者権利条約の第2条で,「障害者が他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を享有し,又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって,特定の場合において必要とされるものであり,かつ,均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう」と定義されているが,条約のこの文言にあるように,合理的配慮は「他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を享有」することを前提としていなければならない。その視点から学校教育の今後の在り方を考えると,まず前提として,通常の学級にいるすべての子どもたちに対して,基礎的な環境整備が十分に保障されなければならないということである。アメリカ合衆国のRTIモデルでも示されているように,特別支援というのは,まずはじめに,通常の学級にいるすべての子どもたちを対象とした適切な学習環境の設定と科学的根拠に基づく効果的な授業方法が実施されることが必要で,特別な教育ニーズがある子どもへの個別的な支援は,そのことを基盤に,かつ,可能な限り通常の学級環境の中で行われなければならないのである。この点で,学習環境や授業のユニバーサルデザイン化とは,障害の有無に関わりなく,すべての子どもたちが学びやすい環境を設定すること,すべての子どもたちが意欲と興味をもって参加できる授業をつくっていくことであり,学びにおける科学的根拠に基づいた「基礎的環境整備」だと言える。
学校現場の現状を見ると,小学校ではユニバーサルデザインの授業や学級づくりは広がりやすい要素をもっている。それは,この年齢時期の子ども,特に低学年の子どもでは,まだ学習のための言語が不十分で,学習習慣も十分に定着できていないことなどから,視覚的手がかりの使用や指示・説明の簡潔化・明確化が必要とされるからである。そのため,それらの延長としてのユニバーサルデザイン化は受け入れやすく,取り組みやすいという背景がある。これに対して,中学校や高校では,学習の基礎となる諸能力やスキルは十分に発達・獲得しているという前提のもとに日常の授業が行われるために,ワーキングメモリーの容量が少ない,プランニング能力が弱い,視覚的短期記憶が弱いなどの課題がある生徒は,学習から取り残され,自分に合う学習方法も見つからず,学習を放棄してしまいやすい。そうした状態は「本人の努力が足りない」と見なされがちで,結果として二次的問題が生じ,不登校や退学に結びついていくことも多く,そのことから「中学校や高校では,小学校に比べて特別支援の取り組みが遅れている」との指摘がよく聞かれる。しかしながら,筆者は,5年程前から巡回相談で関わってきた中学校を見て,「中学校こそ特別支援教育が進む! 中学校こそ,ユニバーサルデザインの授業や学級づくりが進む!」と感じるようになった。
本書では,第1章で,まず中学校期の特徴と中学校が置かれている現状を述べ,次に,ユニバーサルデザインの視点に立った基礎的環境整備に全校的に取り組んでいる学校,教科を越えたユニバーサルデザインの授業研究を実施している学校の実践を紹介する。さらに,中学校ではまだ少ない通級指導教室と通常の学級が連携しての取り組みも紹介したい。
また,第2章では,教科の専門性を発揮した授業のユニバーサルデザインを,授業の指導案を通して紹介すると共に,テストでの配慮や高校進学に向けての取り組みにも触れたい。
最後の第3章では,教科の専門性を生かした教員間の共通理解を深めるための方法と,中学校での取り組みにおける今後の課題について述べる。
本書で紹介する様々な取り組みは,まだ始まったばかりのものであるが,中学校における特別支援教育の推進と学習環境・授業のユニバーサルデザイン化に少しでも役立てば幸いである。
編著者 /米田 和子
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- 明治図書
- 役に立つ2021/5/140代・中学校教員
- 図や写真で分かりやすく示されているのが良かった。2020/5/620代・中学校教員