
- 「学習ゲーム」アイデア
- 指導方法・授業研究
「教師主導型」から「子ども主導型」へ
1990年代後半ぐらいに、日本の教育界はある大きな曲がり角を曲がります。
教師主導型の教育ではなくて子ども主導型の教育へ授業づくりへと変えることができないかという、大きなチャレンジを開始したからです。
一番大きなキーワードは「支援」という言葉でした。それまで熱心に教師主導型の教育技術の開発・普及をしてきた先生たちの動きがピタッと止まります。代わりに子ども主導型の教育技術の開発・普及を行ってきた先生たちの動きが勢いづきました。授業で言うと「生活科」と「総合的学習」の導入です。
この大きな変化が完全に定着をしたかというと、もちろんそうではありません。その後はゆり返し、ゆり戻しの動きが起こって、今はむしろ教師主導型の教育技術の勢いの方が強いくらいです。しかし、一度、大きな曲がり角を曲がって、子ども主導型の教育技術の開発・普及を行う先生方が表舞台に出たことの意味は決して小さくありません。教師主導ではない教育技術のあることが白日の下にさらされたからです。
単純だけどめっちゃ奥の深いゲーム「インパルス」
2002年からわたしは埼玉大学で非常勤講師の仕事をするようになります。たった1コマですが、生活科指導法という授業を担当させてもらうことになりました。そこで学習者主導型の教育技術に関する研究的実践をするようになります。
わたしは1990年代終わりぐらいから「ワークショップ」という学習者主導型の教育技術研究に着手していました。参加・体験型の学習と呼ばれていた各種のワークショップの先駆的実践家の先生方を、わたしが代表を務める研究会の集会に呼んでは講座をしてもらいました。
その中の一つ、プロジェクト・アドベンチャーに強く興味を引かれました。
たとえば「インパルス」というアクティヴィティはよく実践しました。
- 全員で輪をつくり、手をつなぐ。
- 最初の人を決めて、その人は左手をぎゅっと握る。
- 隣の人は右手をぎゅっと握られたら、すぐに左手をぎゅっと握る。この手による「ぎゅ信号」を次々と順番に送っていく。
- 1周を何秒くらいで回せるかチャレンジする。
基本形は単純ですがバリエーションは様々で、バリエーションごとに色々な気づきを得ることができます。
たとえば、やみくもに記録を極限まで縮めていくか。目標タイムを決めてやるか。これでゴール設定の意味について考えることができます。
目を開けてやるのと、目を閉じてやるのを比べると、視覚の持つ意味に気づくことができます。
ちょっとゲームに慣れてきたら、方向を逆回りにして慣れの意味について考えることもできます。左右同時に信号を発信し、混乱の面白さを味わったりもできます。
このゲームをわたしは埼玉大学の学生たちを中庭に連れ出して実践しました。体験とそのふり返りによる気づきということを学生たちと考えました。
「インパルス」の学びのしかけ
学習ゲームは楽しい遊びですが、理論的にはワークショップの仲間です。体験とそのふり返りによって学ぶという「学習者主導の学びのしかけ」がそこにあります。様々な教育技術もあります。
ワークショップにはゲーム以外の表現・制作だったり、対話・討論だったり、いくつかのタイプがありますが、ゲーム(アクティヴィティ)はその中でもルールがハッキリしていて、学習者の気づきをコントロールしやすいです。
科学哲学者ハンソンに「観察の理論負荷性」という概念があります。
たとえば、外から見るだけでは遊びにしか見えない活動。その活動が学びであると見えるためには、遊びの中にある学びの「理論」を通す必要があります。つまり、われわれの観察は、「理論」(学びのしくみ)を通してのみ行われるということです。勉強っぽい勉強ならば「理論」の必要性は低く済みますが、一見すると「遊び(=学びではないもの)」にしか見えない活動には「理論」(学びのしくみ)を持つ負荷がかかるということです。