著者インタビュー
新刊書籍の内容や発刊にまつわる面白エピソード、授業に取り入れるポイントなどを、著者に直撃インタビューします。
「叱り」を学び合いに導けば、集団が成長する
奈良県奈良市立済美南小学校教頭中嶋 郁雄
2015/8/17 掲載
 今回は中嶋郁雄先生に、新刊『クラス集団にビシッと響く!「叱り方」の技術』について伺いました。

中嶋 郁雄なかしま いくお

奈良県奈良市立済美南小学校教頭。
1965年、鳥取県生まれ。1989年奈良教育大学を卒業後、小学校の教壇に立つ。「子どもを伸ばすためには、叱り方が大切」という主張のもと、「『叱り方』研究会」を立ち上げて活動を始める。教育関係者主宰の講演会や専門誌での発表が主な活動だったが、最近では、一般向けのセミナーでの講演や、新聞や経済誌にも意見を求められるようになる。
主な著書に、『その場面、うまい教師はこう叱る!』(学陽書房)、『叱って伸ばせるリーダーの心得56』(ダイヤモンド社)がある。

―ズバリ、叱らずに子どもを育てることは可能でしょうか。

 結論から言えば不可能です。方法は様々ですが、私たち人間は、子どもの安全や社会性を身に付けさせるために、必ず叱って子どもを育てます。これは、人間という動物の本能ではないでしょうか。

―本書は、叱られている子どもだけでなく、それを見ている子どもも含めた「集団全体が成長できる叱り方」というのが特色ですね。個への叱りと集団を意識した叱りの決定的な違いは何でしょうか。

 「学び合い」です。
 何かのトラブルを、集団での学び合いに導くことができるのは、集団を率いる者(学校では教師ですね)だけです。学校での叱りは、個人を叱っているように見えて、実は、クラス全員に問いかけているわけです。「このような行いは正しいか?どうすればいいのか?みんなで考えてみよう」とね。そういう意識をもって子どもを叱ることが、子ども集団の指導を任されている教師には必要なのだと思います。

―本書では、各項目で「NGの叱り方」が具体的に紹介されていますね。絶対ダメ、という叱り方のワースト3を教えてください。

 まず1つは、自分の憤りの気持ちをおさめるために、子どもにあたるやり方です。人格否定のような言葉を子どもに投げかけるのが、これです。
「だから、君はダメなんだよ」「そんなこともできないのかね」
といったやり方です。このような利己的なやり方を、私は、「叱り」とは考えていません。「叱り」とは、「利他的行為」であると考えています。
 次に、自分の考えをダイレクトに子どもに押しつけるだけで終わるやり方です。
「ちゃんと謝りなさい」「きまりを守らなきゃダメでしょ」
といった叱り方ですね。これは結局、教師が「解」を与えてしまっているんですね。それでは、子どもは考える必要がない。教師のお小言を粛々と聞いておけば、あとは先生が何とかしてくれるのですから。このような叱り方を続けていると、「他律的」な子に育ってしまいます。
 最後に、人として誠実さを欠いたやり方です。クラスで立場の強い子や、苦情の多い保護者の子、自分が苦手にしている子などに対しての指導と、そうでない子への指導が異なる人がいます。子どもは、そういうやり方には敏感です。そういう教師は、表面上はおとなしく従っている子でも、実はバカにしています。昔、教師は「聖職」と言われていました。人を教える者としての誇りを忘れてはならないと、私は常に自分自身に言い聞かせるようにしています。

―多少強く叱っても、その子どもとの関係が崩れないために、日頃から心がけていることはありますか?

 相手が子どもだと思って、接することのないようにすることです。先にも述べましたが、子どもは大人が考えている以上に、大人のことをよく見ています。
 私は今年度、教頭職を拝命したのですが、赴任した学校には、昔の教え子が保護者となっています。同じ奈良市の教育委員会で働いている子もいます。立派な親や社会人になった教え子たちに、臆することなく
「あの泣き虫が、あの悪坊主が、立派になったもんだよなぁ」
と笑って言えるのは、あの頃、「今、目の前にいる子が、もしも大人になった時に、叱られたことに納得してくれるか」と考えながら接していたからだと思っています。

―最後に全国の先生方へ向け、アドバイスをお願いします。

 特に若い先生方を見ていて思うのですが、「あまりにも、子どもの気持ちや保護者の目を気にしながら仕事をしているのではないか」と心配になってしまいます。最近の学校は、「教育」ではなく「サービス」を重視しているのではないかと思えてしまうほどです。
 教師とは何か、よく考えてみてください。何のために教職に就いたのか、常に立ち止まって考えてほしいと思います。そして、教師という職に誇りをもってほしいと思います。たとえ厳しく叱って、保護者から苦情がきても、「子どものためにやったこと」という信念をもっていれば、クレームも恐くないはずです。教育者としての信念と気迫を、子どもや保護者に伝えてください。実は、そういう教師との出会いを、子どもも保護者も待ち望んでいるのです。

(構成:木村)
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