
- 1人1台端末の授業づくり
- 授業全般
この春、タブレット端末の活用の仕方・使い方に関する書籍がたくさん出版されました。ここまで出るのか!?と正直思いました。まぁ、私も出版したのですが…。それらの書籍を数冊読んだり、教育zineを読んだりして思うことがあります。
それは、「タブレット端末の活用の仕方・使い方」がメインの内容はもう読まなくてもよいのではないかということです。
1 タブレット端末(ICT)を活用して、学習する話を
タブレット端末の活用の仕方・使い方がメインの内容はもう読まなくていい?
でも、あなたの連載は「1人1台端末の授業づくり」ではないのか?
言っていることと書いていることが矛盾していないか?
そんなことを思われたかもしれません。
私が言いたいのは、タブレット端末の活用の仕方・使い方ではなく、
タブレット端末(ICT)を活用して、学習する
ということがメインの内容の書籍や内容を読んでいってほしい、我々執筆者には書いていってほしいと思っています。(なんだか上から目線ですみません…。)
字面からわかるように、「タブレット端末の活用の仕方・使い方」と「タブレット端末(ICT)を活用して、学習する」ことの大きな違いは、「学習する」というところです。これがあるかないかで大きく違います。
タブレット端末(ICT)が全国各地で導入されるようになってきて、「教材研究をしなくなりました」という声をいくつか聞いたことがあります。教材研究をしなくて、どう授業を進めていくのかと思い、「では、授業をどうおこなっていくのか」ということを聞くと、「デジタル教科書で淡々と進めていく」という返答が返ってきました。
また、「AI型ドリルをさせておけばよいので、教材研究をしない」という話も聞いたことがあります。
なんとも末恐ろしい話です。
このような事例が、「学習する」部分が抜け落ちている事例になります。デジタル教科書やAI型ドリル自体はとても有効なものであり、否定するものではありません。私はこれから先もどんどん取り入れていこうと思っています。ただ、このような使い方はしません。
2 「学習する」とは
では、「学習する」とはなんでしょうか。簡単にいえば、「教科の話」だと考えています。
私の「GIGAスクール構想で変える!」シリーズ、第1作目の『GIGAスクール構想で変える!1人1台端末時代の授業づくり』の第2章「ICTを活用するとは?見方・考え方を働かせる授業とは?」では、見方・考え方に関することを20ページ近くにわたって書きました。
「どうしてあんなにページ数を割いたの?」と聞かれることもありましたが、それは
タブレット端末の活用の話と学習の話はセットであり、どちらかだけではダメ
だからです。
そう、
見方・考え方は学習の話
なのです。
「学習する」とは、
- 何を学ぶか
- どのように学ぶか
- 何ができるようになるか
- どのような見方・考え方を働かせるのか
などについて考えるということです。
3 2年生算数科「三角形と四角形」
2年生算数科「三角形と四角形」では、いくつかの図形を三角形と四角形に分類するといった活動があります。この活動で、タブレット端末を使用するという実践を多くみるようになりました。
この、子どもたちにタブレット端末を使わせるときの教師の意識が
図形を分類するために、タブレット端末を使用するという意識では弱い
のです。この意識では、図形を分類するという活動がゴールになってしまっています。
この活動では、
図形を分類することで、
- 辺に着目する
- 辺が3本なのか、4本なのかということに気づく
- 角に着目する
- 角が3つあるのか、4つあるのかということに気づく
- 直線で囲まれていることに気づく
などのように着目したり、気づいたりすることがゴールです。
つまり、図形を分類するために、タブレット端末を使用するという意識ではなく、
図形を分類する活動でタブレット端末を使用することで、
- 辺に着目し、辺が3本なのか、4本なのかということに気づく
- 直線で囲まれていることに気づく
といった意識を授業者はもっておかないといけないということです。
上記の太字の部分が、この次の活動へとつながっていくのです。
以前、学習指導案を書いているときに、指導上の留意点で、「図形を分類させる」と書きました。すると、
「樋口先生は、なんのために図形を分類させるのか」
と指摘されたことがあります。そのとき、私は答えることができませんでした。
「指導上の留意点は、『〜のために図形を分類させる(図形を分類することで、〜)』という書き方ができたとき、授業がよりよくなるよ」
とアドバイスをもらいました。このエピソードと似ているのが今回の提案です。
まとめます。タブレット端末(ICT)を授業に取り入れていくときには、
( )する活動でタブレット端末を使用することで、[ ]。
ということをしっかり考える必要があるということです。
4 ここまでの1年間の連載の最後に…
先日、ある研修会で
「もうタブレット端末の活用の仕方・使い方の話をすることに飽きました。教科の話をしませんか?」
と言いました。参加されていた先生方は、この言葉がとても印象的でした、ということを後で言われました。
これは私の本音です。
学習する、教科の話、つまり[ ]のところをもっと話していきませんか。