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『SCHOOL SHIFT』刊行特別インタビュー(3)
教科書に「解」を求める学びを脱して
慶応義塾大学名誉教授/PEN言語教育研究所代表田中 茂範
2023/8/4 掲載
新刊『SCHOOL SHIFT(スクール・シフト)』の刊行を記念した特別インタビュー。第3回は、Chapter2「探究学習とPBL」理論編を執筆された、慶応義塾大学名誉教授/PEN言語教育研究所代表 田中茂範氏にお話を伺いました。

田中 茂範たなか しげのり

1980年代初頭に米国コロンビア大学で教育学博士号を取得しました。専攻は応用言語学でしたが、同時に教育学にも強い関心を抱きました。帰国後すぐに茨城大学で職を得て、5年間勤務しました。そして1990年に慶應大学SFCが開設されると、そちらに移り、約30年間を過ごしました。英語教育、認知意味論、言語コミュニケーション論、映画分析、意味空間分析などの授業を担当しました。この間、研究・教育活動の成果を100冊を超える書籍や多数の論文として発表しました。最新刊として、私の教育に関する考えをまとめた『生徒ひとりひとりのSDGs社会論』(2023年、コスモピア出版)があります。また、学外ではJICA(国際協力機構)の語学研修にも長年にわたりアドバイザーとして関わってきました。現在は、PEN言語教育サービス(penlanguage.com)を立ち上げ、学校における探究学習と英語学習の支援に従事しています。

―田中先生ご自身は、どのようにして「探究学習」や「PBL」と出会われたのでしょうか。

 コロンビア大学の大学院(Teachers College)は、進歩的な教育観で知られるジョン・デューイ研究のメッカでした。自然と、デューイに影響を受け、「探究」は私の中で重要なキーワードになりました。慶應SFCは、問題発見・解決を標榜する、まさに探究の場でした。そこには、研究者、教育者としての自由がありました。他分野の研究者との交流にも垣根がなく、多くの協働研究を行いました。
 「探究」を教育にどう実践すればよいのか、さまざまな考えを巡らせました。結論として、プロジェクト活動を徹底的に実践すればよいという結論に至りました。英語教育に限らず、研究会や専門教育でもPBLを実践してきました。
 何年かの実践を通じて、私は「プロジェクト活動(PBL)は、ディスカッション、リサーチ、プレゼンテーションの相互に連動した活動である」という考えにたどり着きました。現在では、このPBLの捉え方が私の教育観、信念になっています。
 なお、英語教育においては、言語学者である鈴木佑治教授との出会いがPBLの展開において決定的な役割を果たしました。また、経済学者である深谷昌弘教授と共に「意味づけ論」を創り上げたことも、PBLの理論的基盤を固める上で大きな支えとなりました。私にとってPBLは、この二人の先生との協力による共同作業の産物だと思っています。
 現在は、複数の高等学校でPBLをメソッドとした探究学習プログラムの開発支援を行っています。これらの活動を通じて、PBLが生徒主導の探究学習を推進する上で有効であることをより確信しています。

―これからの学校教育、「学び方・教え方」のシフトを考えるうえで、なぜ探究学習やPBLが意義をもつことになるのでしょうか。

 学校教育といえば、教科書を連想します。教科書には、正しい知識が書き込まれているという想定から、その内容を理解し、覚えることに学びの中心が置かれます。当然、そうして得た知識を、諸問題の解決に応用することが教育目標になるわけですが、なかなかそこまで行っていないのが実態です。また、教科書を中心とした学びには、問題発見は起こりにくいという側面もあります。「正解」か「不正解」で評価がなされるからです。正しく覚えれば正解、そうでなければ不正解といった具合にです。
何のための学校教育か、といえば、学習指導要領では、次のように書かれています。

一人一人の生徒が,自分のよさや可能性を認識するとともに,あらゆる他者を価値のある存在として尊重し,多様な人々と協働しながら様々な社会的変化を乗り越え,豊かな人生を切り拓き,持続可能な社会の創り手となることができるようにすることが求められる

 ここに異論の余地はありません。しかし、この高次の目標を達成しようとすれば、教科書に「解」を求める学びには、当然、限界があります。
 「持続可能な社会」は、SDGsで明示されたような、多くの、相互に連関した地球規模の問題に対処していくことが前提になるからです。そうした問題に、教科書は「解」を与えてくれません。自分で、そしてみんなで考える必要があるのです。その際に、生徒も、問題を自分事として捉える当事者意識を持つことが大事です。
 生徒たちが自身の問題意識を持ち、より良い社会の創り手になるためには、「学び方・教え方のシフト」が必要です。具体的には、探究を重視した教育・学習であり、それを実現する手段としてPBLである、というのが私の考えです。

―いざ探究学習やPBLに取り組もうと思っても、周囲の先生や学年、学校の環境といった様々なハードルが原因でそれが難しいと感じておられる方が、教育現場には少なくないのではないかと思います。そうした方々に向けて、アドバイスはありますでしょうか。

 PBLの本質は、「やりながら考える」だと思います。方向性を定めることは大切ですが、細かく指導計画を立てても、うまくいくものではありません。そもそもPBLは生徒主体の活動だからです。私の経験からいうと、生徒は活動に自由度が与えられると、先生たちが考える以上のことを成し遂げる力を持っている。その場合、生徒に委ねることが大切です。見守り、励まし、コメントを与えるというスタンスが大事です。指導しなければという「教師」のスタンスを持つより、生徒と自分も一緒に活動を楽しむというスタンスのほうがうまく行くと思います。そこには、信頼関係が成り立っているからです。生徒に主導権を持たせるということ、これが大事です。
 とはいえ、PBLをメソッドとして用いて、効果を上げるには、「介入」が必要です。私の経験では、生徒に任せっきりにすると、混乱が大きくなる可能性があります。そこで、ここでいう「介入」が必要になるのですが、それは、@プロジェクト活動とはどういう活動かを共有すること、そして、Aそれを実践するためには、スキルを身に付けることが必要であることを生徒に理解させることです。Aについては、英語でいうと、skill-gettingとskill-usingの両面が大切ということです。
 PBLで求められるスキルといえば、ディスカッション、リサーチ、プレゼンテーションの3つです。@に関連しますが、この3つを連動させながら行う活動がまさにプロジェクト活動というものです。
 すると、ディスカッションのためのスキルを得るという時間が必要になります。リサーチやプレゼンテーションにおいても同様です。ディスカッションといっても、立場表明型のディスカッション(グループとしての合意形成を含む)、問題解決型のディスカッション、そして意味創造型のディスカッションがあります。「なんでも自由に話し合いなさい」ではなく、どう話し合うかを明示化し、訓練するというのがskill-gettingの活動です(なお、skill-gettingのための教材はPEN言語教育サービスで開発しております)。ディスカッションを「頭の中の嵐(brainstorming)」で終わらせないためにも、skill-gettingが必要なのです。
 最後に、私は、生徒がPBLを通して、ディスカッション力、リサーチ力、プレゼンテーション力を身に付けることができれば、それは、上記の指導要領の高次の目標の達成に寄与するだけでなく、生徒にとって生涯にわたり、極めて重要なスキルになるだろうと確信しております。

―最後に、『SCHOOL SHIFT』の読者に向けて、メッセージをお願いいたします。

 SCHOOL SHIFTは、生徒が複雑かつ不確実な状況において確かな自己を持ちながら生き抜く力を身に付けることの重要性を伝えるメッセージを含んでいます。これには、教育の新しいアプローチに移行する必要があります。具体的には、生徒一人ひとりが「たくましさ」と「しなやかさ」を培っていく必要があると思います。たくましさは自己の確立に関連していますが、同時に他者がもたらす異なる要素(違い)をポジティブに捉えるしなやかさも求められるということです。
 このシフトの先には、変革(transformation)が待っています。先生方が将来を展望し、「何であるか」「何ができるか」そして何をすべきか」について、探究することが重要です。つまり、先生方自身が「学校シフト」プロジェクトを実践することで、より良い変革の道を切り拓けると信じています。

(構成:大江)
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