- 特集 学級・学校が楽しくなる集団づくりのアイデア・二学期編
- 学級・学校が楽しくなる集団づくりのアイデア・二学期編
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- 二学期をどう迎えるか
- 小学校/子ども達との楽しい対話からはじめよう
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- 中学校/七月までの総括をエピソードとともに
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- 二学期を迎える学年会
- 小学校/おおらかなスタンスとゆるやかなペースで
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- 中学校/二学期スタートの学年づくり
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- 二学期・スタートの演出
- 小学校/夢ふくらむ二学期に
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- 中学校/ゼンセイケンワールドへ突入
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- 休みあけの教育相談・保護者会
- 小学校/子どもがつながる・保護者がつながる
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- 中学校/夏休みの「駆け込み教室」
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- 生活リズム・学習規律の立て直し
- 小学校/急がば回れの心意気で
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- 中学校/夏休みと二学期をつなげる
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- 二学期・学級の組織づくり
- 小学校/まずは子どもの様子を観察する
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- 中学校/二学期の班づくり・班長会
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- 係活動・当番活動の再編
- 小学校/トラブルのときこそ係活動でバージョンアップ
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- 中学校/実行委員会をつくろう
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- 二学期の体育的行事
- 小学校/親子風船バレーボール
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- 中学校/体育祭、運動会をつくり出すために
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- 二学期の文化的行事
- 小学校/「私たちのものだ!」という活動をつくる
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- 中学校/みんなでつくる文化祭
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- 第2特集 授業づくりのアイデア・二学期編―保護者と地域とすすめる授業づくり―
- 低学年/低学年でさせたい体験を地域とともに
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- 中学年/「地域とすすめる授業」学びづくりのポイント
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- 高学年/ダンゴ名人さんの隠し味
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- 中学校/地域は宝の山―自然も歴史も素敵な人たちも
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- 今月のメッセージ
- 私のことをもっと知って!
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- 若い教師のための子ども集団づくり12か月 (第6回)
- 小学校9月/学芸的・文化的行事をつくり出す
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- 中学校9月/文化祭を成功させるために
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- 実践の広場
- 私の教室
- モンシロチョウで活気づいた我が学級
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- 学びの素材
- 子どもを授業に引き込む科学マジック&ビデオ
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- すぐ使える遊び・ゲーム
- 子どもたちの楽しい学級レクのなかで鬼ごっこをやろう
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- 部活動・クラブ活動の工夫
- 異質・共同の世界を切り拓くクラブ活動
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- 子どもの文化事情
- 「うちの班のイチオシ」
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- 手をつなぐ―親と教師
- 保護者とどこまでつながれるのかまよいながらの実践
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- 心に残る子どもとの対話
- 学級会長Mと副会長Y
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- 掲示板Y・O・U
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- 案内板 集会・学習会のお知らせ
- 風の声―この人に聞く
- 憲法・教育基本法の改悪に抗して
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- 教育情報
- 教育基本法改正案はどのように議論されたか
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- 読書案内
- 『いまなぜ教育基本法か』(竹内常一著)
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- ホッと一息・コーヒータイム
- 私のオフタイム
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- マンガ道場
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- 読者の声
- 7月号を読んで
- シリーズ/各地の実践
- 岐阜
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- 〜英夫と集団づくり〜
- 熊本
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- 〜二郎と和広―学級集団から全校集団へ―〜
- 編集後記
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今月のメッセージ
私のことをもっと知って!
全生研常任委員 坂田 和子
「実は私、小さい頃ウルトラマンが大好きで、いつも右手にウルトラマン、左手にはウルトラガン、得意のポーズはシュワッチ、パジャマはもちろん隊員服でした。」
これを書いたのは誰かを当てるクイズ。「友だち発見」と銘打った授業の中のひとコマだ。何人かの名前が挙げられたあと、「はい、では正解を発表します。それは…」と私の声に続いて、「はい、それは私です」とサヤカが立ち上がる。「えーーーーっ!」と子どもたちから歓声が上がる。その声と笑顔には、驚きと「おもしろーい!」の気持ちが交錯しているのがわかる。私もうれしくなる。少し頬を紅潮させながら、サヤカもいたずらっぽく笑う。
五年生の教室。出会いから二ヶ月を過ぎて、トラブルもいろいろあって、クラスにどんな子がいるのか、互いに少しずつ見えてきたところである。でもその「見え方」は少し固定化しているかもしれない。そんな危惧も感じていた。泣いたり怒ったり、すねたり居眠りしたり…と、行動も言葉も比較的ストレートな形で出してくる男の子が多い中で、「しっかり者」にならざるをえない女の子たちの「もうひとつの姿」も、見えにくくなっているもののひとつだ。もちろん女の子だけでなく、私にも子どもたちにも見えていない姿は、まだまだ無数にあるはず。そこで、「友だち発見」を行った。「サヤカって、実はそうなのかぁ」といった発見に、この日もたくさん出会った。
「それは私です」というタイトルの古いテレビ番組にあったものと同様のゲームも行った。
「幼稚園の時、高い木に登って下りられなくなり、ハシゴ車を呼びました。」
このエピソードを一班の全員が次々に語る。質問と回答をヒントに、本物は誰かを当てていく。
「マサヤさんに質問です。どうやって呼んだんですか」
「下にいたおじさんに『ハシゴ車を呼んで下さい』って頼みました」
「えー、幼稚園で?」
「…うーん、ちょっとあやしいなぁ、マサヤは」
正解が出たあとも、「ジュンちゃんにそんなことがあったなんて知らなかったぁ」「里奈さんの質問がよかったよね」「ショウタの答えにだまされちゃったよぉ」「ジュンちゃん、こわかったでしょ?」「おこられた?」などと話は盛り上がる。
関心・意欲・態度を評価され、「心のノート」で「あるべき姿」を強要され、「目標づくり」と「ふりかえり」ばかりさせられている子どもたち。彼らは、学校で、教師やクラスメートの前で、制限された姿しか見せないようにさせられている。にもかかわらず、「問題」行動を起こせば「心の闇」を抱えているなどと言われる。
「私のエピソードが取り上げられてうれしかったです」とほとんどの子が言う。「先生、ぼくのをもっとクイズにしてよ」と次々にエピソードを書いた紙を持ってくる子も何人もいる。こんなにも「自分のことを知って!」という願いが多いことに驚きもしたが、一方でそれは当然だろうとも思う。
友だちの知らなかった姿を知ったときの驚きと喜びの声をたくさん聞きたいと思う。と同時に、「私のことをもっと知って!」「いま見えている姿だけでない、違うぼくも知って!」という子どもたちの声を「安心していられる学校を」という願いとして受け止めたい。「あるべき姿」とは違うところでたくさん出会い直しながら、私も子どもたちも「楽しい」と思える学校を作っていきたいと願っている。
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- 明治図書