- まえがき
- 1 学級崩壊を困難な課題にしている理由
- 崩壊には基本の型がある
- 1 学級崩壊の本質
- 2 学級崩壊の基本型
- 学級崩壊ナウ
- 1 今時の学級崩壊
- (1) 初任者と学級経営
- (2) ベテランと気になる子
- (3) つながれない子どもたち
- (4) 不適切な介入
- (5) 欲求不満の爆発
- (6) 荒れを認知できない教師・認知しようとしない教師
- (7) 荒れを認知できない職員室
- 2 事例から得られた8つのメッセージ
- 3 天然の学級崩壊,養殖の学級崩壊
- 学級崩壊の解決を困難にしている構造
- 1 個人的な力量の問題とされる学級崩壊
- 2 学級崩壊再生産サイクル
- 3 研究が進まない学級崩壊
- 問題の解決に向けて
- 1 課題非従事行動の研究から得られる示唆
- 2 本書の役割
- 2 学級崩壊とアドラー心理学
- 学級崩壊の断片
- 1 何でもブーイング
- 2 感情のコントロールが苦手なツヨシ君
- 3 攻撃的な言動をするカイ君
- 4 学校を休みがちのジョージ君
- 5 騒乱の朝学習
- 6 あの子と遊ばせるな
- 7 相手を罵倒する話し合い
- 8 生活リズムが整わない日々
- 9 泥だらけになった体育館の壁
- 10 ダメなら罰する
- 11 集団による排斥行為
- 問題は全てつながっている
- 1 4年B組というクラス
- 2 不適切な行動は不適切な環境の中で起こっている
- 学級崩壊と向き合う学級担任
- 1 学級の状態と教師のあり方
- 2 学級崩壊という課題の性質
- 3 適応課題としての学級崩壊
- (1) インプットとアウトプットは直接つながらない
- (2) 公式の権威では不十分
- (3) グループによって求める結果は異なる
- (4) かつての成功法が時代遅れに見える
- 学級担任のリーダーシップ
- 1 学ばれないリーダーシップ
- 2 リーダーシップとは
- 3 適応型リーダーシップ
- 4 新たな関係性の構築
- 5 IQ型からNQ型へ
- 6 リーダーシップを発揮するために
- 学級担任のリーダーシップとしてのアドラー心理学
- 1 教育共同体を育てる
- 2 アドラー心理学とは
- (1) 目的論
- (2) 認知論
- (3) 対人関係論
- (4) 全体論
- (5) 個人の主体性
- 3 アドラー心理学と民主的な教育方法
- (1) 秩序を保つこと
- (2) 争いを避けること
- (3) 子どもを勇気づけること
- 3 学級崩壊に向き合う
- 介入 Intervention 〜クラスに秩序を〜
- 1 出会いに感謝を伝える
- 2 気持ちの伝え方を教える
- 3 努力の仕方を教える
- 4 ルールなき生活にルールをつくる
- 5 結末を体験する
- 6 責めること・罰することの無意味さを教える
- 7 言いにくいことを言う
- 安全基地になる Attachment 〜チャレンジする勇気を〜
- 1 「じゃれ合い」の歴史を積む
- 2 強みを自覚させる
- 3 味方になる
- 組織する Organization 〜子どもたちと共に荒れに立ち向かう〜
- 1 魅力的な目標を掲げる
- 2 問題解決に巻きこむ
- 3 大事なことはみんなで決める
- 4 助けを求めることでつながる
- 5 折り合うことでチームとなる
- あとがき
まえがき
アドラー心理学的なアプローチの学級経営を発信し始めた頃のことです。「どうして,アドラー心理学に基づく子育てのテキストがあるのに,教育に関するテキストがないのでしょうか」というお声をしばしば耳にしました。アドラー心理学が,学級経営や生徒指導,教育相談といった分野で有効であるという認識の広がりとともに,アドラー心理学を活用した教育実践を紹介する書籍が数多く見られるようになりました。
それらの優れた書籍に混ざって私も,学級経営やクラス会議に関連する書籍を上梓させていただきました。2018年出版の『アドラー心理学で変わる学級経営 勇気づけのクラスづくり』もそのうちの一冊です。お陰様で,多くの方々から「是非,続編を」というお声をいただきました。大変感謝しております。
前掲の書は,ツヨシ君という小学校4年生の男子児童の事例について,勇気づけの具体的な方法やその背景となる考え方を述べました。彼は,感情的になると暴れたり暴力を振るったりするようなところがあり,所謂,「指導が難しい子」として引き継ぎました。しかし,彼に出会ってみると,確かに乱暴なところはありますが,発想が豊かで行動力があり,読書家でもあり,実に人間的魅力に溢れた子でもありました。そんな彼の強みを引き出しながら,クラスへの適応力を高めていくアプローチの一端を示しました。
しかし,ツヨシ君の物語はツヨシ君のことだけで完結していたわけではありませんでした。前作でも少し触れていますが,彼のクラスは3年生の時に担任による指導が成り立たなくなりました。学級崩壊のクラスだったわけです。前作は,そうしたクラスの荒れの問題にはほとんど触れず,彼とその周辺にフォーカスを当て,彼との関わりから間接的に学級崩壊の問題に触れました。
ツヨシ君は,「学級崩壊の原因」とまで言われた子ですが,彼の問題は,クラスの問題のほんの一部分に過ぎませんでした。彼には,不適切な行動をするだけの理由がありました。勿論,彼が暴れていたのは,彼本人がもつ理由もありましたが,ツヨシ君のクラスは,その行動を引き出し,強化するというシステムをもっていました。
学級崩壊が顕在化して以降,「崩壊クラスを担任したが,数日で授業が成立するようになった」「短期間で立て直した」との発言を耳にすることがあります。そうしたすごい力をもった教師はきっといることでしょう。しかし,私の経験から申し上げると,数日間で立ち直るということはありませんでした。前作で述べたように学級崩壊にはいくつかの段階があります。教師と子どもの関係性の悪化レベルの荒れならば,教師が子どもたちへの接し方を変えたり教師が交代したりすれば,比較的容易に解決することはあり得るでしょう。しかし,子ども同士の関係性の悪化や教師の指導力解体レベルにまで進行していると,担任が交代したくらいで簡単には改善しません。学級崩壊は社会の変化を背景にした複合的な要素をもった問題なので,そんなに単純には解決しないと考えています。もし,本当に数週間で立て直すことができたと認識しているのならば,それはそういうレベルの荒れだったか,大変失礼ながら事実の誤認だったのではないでしょうか。
学級崩壊やクラスの荒れへ対応は,取り組みの在り方から図0−1のような4つに分類されます。@組織的・予防的アプローチ,A個人的・予防的アプローチ,B組織的・治療的アプローチ,C個人的・治療的アプローチです。組織的アプローチとは,学校体制や地域ぐるみの取り組みです。個人的アプローチは,主に学級担任や個別の教師による取り組みです。予防的アプローチは,クラスが荒れないように,また,荒れた場合でもそれが最小限に抑えられるようにする取り組みです。クラスのリスクマネジメントと呼んでもいいかもしれません。また,治療的アプローチは,荒れた場合に状況を改善する取り組みであり,クラスのクライシスマネジメントと言ってもいいかもしれません。
様々な取り組みを見ていると,@からCまでよく整えられ,思わず感心させられる実践をしている学校もありました。その学校では,子どもたちも先生方もとても楽しそうに過ごしているのが印象的でしたが,こうした学校は少数派ではないかと思われます。実質的には取り組んでいるのかもしれませんが,ほとんどの学校では,明確には,クラスの荒れへの予防も治療も意識されていないのではないでしょうか。そうした中で,毎年のように荒れるクラスが発生しているにもかかわらず,リスクやクライシスに無防備な学校もありました。備えが薄い上に対応が不適切だから,いざ荒れが起こると荒れが拡大し,学校全体が疲弊してしまう事態も起こっていました。特に弱いのは,クライシスに対するマネジメントです。荒れてしまうと組織として採用できる手立ては,教師の交代や学級を少人数に分割するなどの方法しかないのが現状です。
(図 省略)
そうなる前に,まず教師が個人的・治療的アプローチの知識と技術を備える必要があります。それを組織として共有すれば,クラスの荒れに強い学校になることができるでしょう。
本書は,これまであまりフォーカスされてこなかった,Cの個人的・治療的アプローチに力点を置いて書かれています。クライシスは,一般的にネガティブな意味で捉えられていますが,そうした意味ばかりではありません。クライシスは,それを克服することで成長や発展をすることが可能な機会でもあります。つまり,クライシスは,ピンチとチャンスという2つの側面をもつ言葉なのです。クライシスに適切に対応することによって,荒れを改善するだけでなく,クラスを育てることも可能なのです。
小学校における学級崩壊が認知されるようになってから約30年が経とうとしています。未だに有効な解決策が示されていません。荒れ方もかつてとは変化しているようです。子どもたちが教室でバリケードを作って担任を閉め出すといったパワーのある荒れは,まず聞かなくなりました。しかし,そこまでとは言わなくても教師に対する反発やルール違反などの従来型の荒れも依然として存在しつつ,無気力や学校生活への消極的参加といった姿で表出する「静かな荒れ」も広がりを見せています。また,表面的には落ち着いているように見えますが,教師と子ども,子ども同士の関係性は希薄で,ただ一緒に居るだけの「空洞化する教室」も気になります。
本書は,タイトルにアドラー心理学を冠してますが,前著同様,「アドラー心理学ありき」ではなく,なぜアドラー心理学が学級崩壊の対策に有効な示唆を与えるのかという問いに対する筆者なりの答えを示した後に,アドラー心理学が,学級崩壊の改善にどのように迫ることができるのかを示しました。本書が,皆様の明日からの学級経営や教育活動の何らかのヒントになれば,これに勝る幸せはありません。
/赤坂 真二
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