教育オピニオン
日本の教育界にあらゆる角度から斬り込む!様々な立場の執筆者による読み応えのある記事をお届けします。
憲法論議をどう教えるか
論議する前に「そもそも論」の授業の必要性
福井大学教育地域科学部准教授橋本 康弘
2013/8/1 掲載

 参議院選挙が終わった。今回の参議院選挙の争点は、安倍総理の経済政策への評価などが中心で、当初予想された憲法改正はほとんど俎上に載らなかった(と理解している)。ただ、参議院選挙が終盤にさしかかる中で、「9条改正」の話題がたびたび登場した。参議院選挙が終わり、「アベノミクス」が一段落すれば、「96条改正」を含め、憲法(改正)論議が政界では展開されることだろう。

 福井県のある高校の先生と「憲法」の学習に関してお話する機会があった。「憲法はそれを扱うだけで『政治色』を伴う。例えば、9条だけを大きく取り上げることはできない。だから、条文・判例といった『客観的』な知識の理解型の授業にならざるを得ない」ここに、経済学習などと違う憲法学習の「難しさ」が潜んでいる。ただ一方で、「(憲法は)扱いにくいから」といった理由だけで「条文・判例」学習だけで良いのか、といったことも問題になる。

 ある報道機関に所属する記者さんと、「憲法に関する一般市民の認識」についてお話する機会があった。参議院選挙前に憲法改正について、一般市民にインタビューすると、「何となく賛成」「何となく反対」といった曖昧な答えしか返ってこない。「憲法の原則の一つである『憲法は権力を縛るためにある』とする立憲主義の原則を知らないのではないか」。彼は一抹の不安を感じたそうだ。「条文・判例」ばかりを扱い、学校現場は「原則」(もちろんここで言う「原則」は日本国憲法の「三大原則」ではない、近代憲法の「原則」のことである)を扱っていないのではないだろうか。筆者も一抹の不安を抱いた。

 ある教科書会社の編集者と「現場の社会科の先生からの教科書編集に関わる意見」についてお話する機会があった。その編集者の方は、現場の中学校の社会科の先生から次のような意見が寄せられたと述べた。「新しい教科書に太字で『立憲主義の憲法』とあるが、初めて聞いた言葉だ」。筆者は大いに不安を感じた。

 ある高名な憲法学者の先生と「96条改正」論議についてお話する機会があった。「96条改正」論議は皆さんもご存じの通り、端的に言うと「憲法改正のハードルを下げるべきか否か」ということである。その憲法学者の先生は、「96条改正」に積極的に賛成するある政治家の方にこう発言されたそうだ。「先生、憲法改正を各議院の総議員の過半数による発議と改正するなら、憲法1条から8条もその対象になる場合が出てくるのですよ」。その政治家の方は……。

 結局私は何が言いたいのか。それは、「そもそも憲法って何?」といった点に焦点を当てた授業が、今こそ必要なのではないか、ということである。とかく憲法の学習は教科書の紙幅を見ればよくわかるが、「条文・判例」でそのほとんどが占められている。そのために、小学校の先生は「三大原則」を教え、中・高校の先生は、「条文・判例」を中心に教えてしまう傾向にあり、「そもそも論」の扱いは学校現場では小さくなっているのではないか。そのため、「そもそも憲法って何?」ということを知らない市民が増えているのではないか、「憲法改正のハードルを下げることの意味すること」を知らない方々もおられるのではないか。

 憲法を英語に直すと「constitution」である。直訳すると社会の「構成(原理)」という意味になる。憲法は、社会の基盤、国家の基礎を構成するものであることを確認し、そして、憲法それ自体がもつ「原理・原則」をより明確にして、それをどう授業化するのかについて教師が考え、授業をプランニングすること。憲法論議が進展する前に学校現場でしっかり考えていく必要があるテーマなのではないだろうか。そのためのヒントになる教材として、法務省法教育研究会が作成した「憲法の意義」(中学校社会科公民的分野・PDF)がある。この教材を用いれば憲法の制限規範性をわかりやすく教えることが可能である。同教材を使えば、憲法の最も大切なエッセンスをよりよく授業できることだろう。同教材は法務省のホームページからダウンロードできる。同教材を使えば、工夫は必要になるが、小学校でも、高等学校でも授業実践が可能である。ぜひ参考にして頂ければ幸いである。

橋本 康弘はしもと やすひろ

1971年生まれ
広島市立舟入高等学校、広島大学教育学部を経て、
1995年 広島大学大学院教育学研究科博士課程前期修了
広島県立豊田高等学校、広島市立大手町商業高等学校、広島大学附属福山中・高等学校勤務を経て、
2002年 兵庫教育大学学校教育学部助手
2004年 福井大学教育地域科学部助教授
2007年 福井大学教育地域科学部准教授(現在に至る)

コメントの一覧
1件あります。
    • 1
    • 名無しさん
    • 2013/8/3 9:11:49
    こちら橋本先生の自己宣伝かと読めますが、法務省の「権威」を使わずに主張してください。
    文中、「憲法の原則の一つである『憲法は権力を縛るためにある』とする立憲主義の原則を知らないのではないか」とありますが、モンテスキューやエドモンド・バーグを引くまでもなく、現在、権力は国民(国民主権)にあることを明記するべきでは・・・??。
コメントの受付は終了しました。