- 特集 教育ポピュリズム:学校の克服課題29
- 教育ポピュリズムで子供のどこがダメになるか
- 知的忍耐が伴った思考力の危機
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- つらい時の自分と向かい合えない子
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- 「学ぶ」からの逃避
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- 「高い価値」をぶっつけよ
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- 解放と束縛の調和を図る
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- 今こそ,より積極的に「知識」を指導しよう
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- 教育ファシズムよりは,まだマシか
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- 「自律」と「自立」を妨げる
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- 規律指導の空洞化を防ぐという課題
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- 教育ポピュリズム=どんな形でどんなところに浸透しているか
- 子供に迎合する家庭―私の診断と処方箋
- 「親である」から「親をする」への意識の転換
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- 親に迎合する学校―私の診断と処方箋
- 教員の一致協力と親の支持・理解が暴走を防ぐ
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- 世間に迎合する行政―私の診断と処方箋
- 教科書採択に見る新しい全体主義
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- 教師に迎合する管理職―私の診断と処方箋
- “ことなかれ主義”も苦渋の選択
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- 迎合とけじめ―教育が成立する分岐点はここだ! ―私が実践の中でつかんだもの―
- 「本質論」で発想し,「形」で示す
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- 教師と子供の立場をはっきりさせること
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- 必要なことは毅然と指導するのみ
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- 徹底して敬語で話させる
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- 教育ポピュリズムに陥った教師指導の問題点
- どんな授業指導は問題なのか
- 「教科書・ノートの使い方」を指導すべきだ!
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- どんな集団指導は問題なのか
- リーダーシップ意識が欠如している指導
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- どんな行事指導は問題なのか
- 失敗を見通した活動をさせる
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- どんな保護者面談は問題なのか
- 教師という「役」を自覚しよう
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- どんな子供への個別対応は問題なのか
- 本気で子供と関わっているか?!
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- 教育ポピュリズムとの因果関係の検討と処方箋
- 不登校―教育ポピュリズムからの検討と処方箋
- 甘えも心の悩みとする「甘さ」!
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- 学級崩壊―教育ポピュリズムからの検討と処方箋
- 師弟関係を復活させ、教壇を復活せよ!
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- 学ぶ意欲の崩壊―教育ポピュリズムからの検討と処方箋
- 向山型算数は学ぶ意欲を向上させる
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- いじめ―教育ポピュリズムからの検討と処方箋
- 強くたくましい子に育てるべし!
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- 学校のきまり―教育ポピュリズムからの検討と処方箋
- 学校は子どもを国から預かっている
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- 少年法論議にみる“教育ポピュリズム”の問題
- 「大人」よりも冷静な眼で見る生徒たちの問題意識
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- 教育史にみる“教育ポピュリズム”の問題
- 受動性「と」能動性
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- 子供研究にみる“教育ポピュリズム”の問題
- 「自由と責任」をセットにして、子どもの自立を促す
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- わが校の教育環境づくり ポイントはここだ (第10回)
- 新潟市立江南小学校
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- 〜手づくりとぬくもりの交流〜
- 不思議の国の教育論議 (第10回)
- 政府と「水戸黄門」を混同する不思議
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- 職員室の困ったさん (第10回)
- これも「民主的」?
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- こう変わる こう変えよう教育評価・評定 (第10回)
- 通知表の改善をどう進めるか
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- 校内研究会の戦略と戦術 (第10回)
- 学校訪問指導の事例研究
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- 同時進行ドキュメント●校長はどこまで仕事が出来るか (第10回)
- 第三回「食」の集い
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- 台風が通過する
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- ポートフォリオで自己改造―仕事に自信と達成感が持てる作成術― (第10回)
- スキル派万能説への再考を
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- アメリカ発 だれにでもできる“校内暴力”対応法―非暴力的危機介入法の理論とエクササイズ― (第10回)
- CPI非暴力的危機介入法を身に付けよう
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- 〜チ−ムでサポ−トしていこう〜
- 文教ニュース
- 文科省が学力向上対策を打ち出す/「学校いきいきプラン」等を策定
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- 編集後記
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- あらふしぎカラーマジック 集中力は生きる力の源である (第10回)
- とっておきの教材や教具ができたら、商品化をめざそうB
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編集後記
○…「先生、うちの子、来週ハワイに連れて行くので学校はお休みします。パパがこの時期でないと休めないので」という親がいて、他の子供たちが落ち着かなくて困る。
ある先生からの“嘆き節”です。
親自身が“叱られた経験なし”世代ですから、まして?その子供においておや…ということでしょうか。子供を取り巻く環境は“物分かりのよい、やさしさ”で包まれているということのようです。
最近読んだ、日垣隆氏の発言に「日本人は権利とか自由、民主主義といった言葉に弱すぎる」「“競争”という言葉は一〇〇%悪なのに、“切磋琢磨”と言い換えたら今度は一〇〇%善になってしまう。」とありました。
このような次元で“よい親”“話のわかる民主的な先生”であることを願って、結局は子供に擦り寄るだけ?という、“指導放棄が、問題を引き起こす”遠因…となっていることもあるようです。
場合によってはムリしても悪役を買う度量と意志が必要なときもあると思います。本号は、自由と民主主義を教育信条とするという名のもとに“もしかして、自分も大衆迎合的な指導をしているかもしれない”というチェック機能を、我が実践のなかにインプットしておくことが大切ではないか―という問題意識にたって特集を企画しました。
(樋口雅子)
○…アメリカにおけるテロ事件とその後の対応をニュースで見ていて、改めて「生命尊重の精神と生命に対する畏敬の念」について考えさせられた。例えば古くは「ニワトリを殺して食べる授業」を通して「いのち」の重さに迫った鳥山敏子氏の実践。あるいは現役ガン患者を取り上げて「死を学ぶ」授業を展開した種村エイ子氏の実践などが頭に浮かぶ。日教組教研が第一次から掲げた「教え子を再び戦場に送るな」のスローガンの重い意味。敗戦間際に少年飛行兵に応募した私に対して、かつての小学校恩師が「なぜ死に急ぐか」と嘆いた意味。敗戦直後の墨ぬり教科書を前にして私は深く考えてしまうのだ。
(江部 満)
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- 明治図書