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今月のメッセージ
何気ない日々の暮らしの中で
元常任委員 小 山 登
ある日のスーパーの駐車場
買いもの客のピークも過ぎ、ガランとしている。目に入ってくるのは、車が出た後のフェンス沿いに、空篭を乗せたままのワゴンが幾台も放置されている光景。
スーパーから、レジ袋に詰まった荷物を篭に入れ、ワゴンで駐車場まで運ぶ。荷物を車に積むと、ワゴンを所定の場所に返すのもめんどうなのか、車の陰に追いやったまま駐車場を後にしていくようだ。
ある日のスーパーの野菜売り場。その1
メロンが山のように積まれた売り場。その前には、小さく一口大に切った試食用のメロンが置かれている。
見ていると、小さな子どもたちが群がり、いくつも口に運んでいる。食べた皮をどうするかと思えば、試食用の皿にまた戻している。連れてきた親らしき人物は、何も注意はしない。
小さな子は、その親らしき人物にしなだれかかっては、試食のおねだりを繰り返していた。瞬く間に、試食用のメロンの皿は食べかすの山となっていった。
「おなかいっぱいになったあ?」という親らしき人物。子どもは、満足そうにうなずいていた。
その2
こんどは、トウモロコシ売り場。一本百円。売り場の脇には、剥いた皮入れが用意されている。かさばらぬようにという店の配慮がうかがわれる。客は粒ぞろいのよさそうな品を手にしては、皮を剥きはじめる。
中身に不満だったらしく、剥きかけの品を手放すと、新たな品を手にとって平然と剥く。こんどは気に入ったらしく、これでよしとばかりに篭に入れて去って行く。
後には、剥かれてはだけたトウモロコシが、一本だけ打ち捨てられたように襟元のしまった仲間の中で恥ずかしそうに並んでいた。
子どもの現実生活から学びを
右のような行動をとる人を、よく目にするようになってきた気がする。
子どもはんな形で日常生活のなかでどんどん学んでいく。小さなできごとだが、大きな問題だ。
嘆いてばかりはいられない。退職した今、学校での子どもたちの学びを思うと、日常生活の中で生きてはたらくちからとはかけ離れ、大半は勉強の世界に閉じこめられていることを強く感じる。
自分の欲求が満たされればそれでいいという閉じた世界から、自分は多様な人々と共に生きていく世界をつくるんだという開かれた学びができるようにすることが求められている。誰(少数・異質・弱者)にとっても生きやすい社会につくりかえていくための学びは、既成のカリキュラムの枠に囚われることなく、もっと大胆に、社会の現実問題や子どもの現実生活に付随した問題から学びを組織していくことが、人が人を疎外する学びから、誰(少数、異質、弱者)とも共に生きていく学びに開かれていくように思う。
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- 明治図書