- 特集 学級担任と子ども―結び直す
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- 実践記録 学級担任と子ども―結び直す
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- 学級担任と子ども―結び直す―高野、本山、佐藤、関氏の実践を読んで―
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- もう一度実践を振り返る
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- 集団づくり―わたし流メソッド (第11回)
- 小学校/のんびりと、ぼちぼちと人生を楽しもう
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- 同時代を生きる教師たち (第1回)
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- 訓練なき集団づくりを問う
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- 〜全生研第四三回大会基調提案批判〜
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- 〜集団づくりの再定義によせて―川村肇論文への応答〜
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今月のメッセージ
対話する言葉、関係を紡ぐ言葉
常任委員 後 藤 義 昭
今さら、と言われるかもしれないが、街中でも飲食店でも電車の中でも、携帯電話を耳にあてて声高に話している人たちの姿に、どうしてもなじむことができない。機械の向こうの顔の見えない相手とだけしゃべっている閉鎖空間にいる通話者には、心臓ペースメーカーを持っている人に対してばかりでなく、現実に公共の場所を共有している人たちへの眼差しが開かれていないように思う。それは、公共空間の中の認知されたスペースに他者の迷惑にならないように設けられた「公衆」電話とはまったく異なった情報交信手段として、「市場」が生み出したものである。
携帯が子どもたちの生活文化に浸透しはじめた頃、クラスの親たちとこんな話をしたことがある。今までは、彼女の家に電話したとき、親や家族の者が受話器を取ると、自分のことを名乗って彼女への取り次ぎを依頼した。でも、彼女の携帯に直通する電話では、そういう通過儀礼はなくなってしまう。地域のお店のおばちゃんと会話しながら商品を買った時代から、スーパー、コンビニのレジで無言で金品のやりとりだけをする生活へ、そして、自販機からは「ありがとうございました」の機械音声が流れる時代へ――そんな中で、子どもたちの人間との関わり方は、どう変化していくのだろうか。
今のところ、高度情報化社会が生み出すさまざまな弊害については、法的規制か個人責任論としてしか対処されず、文化論的には掘り下げられていない。
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学校でも、IT化が進んでいる。IT教育の研修で、パワーポイントを使ってスクリーンでビジュアルに資料を見せる授業のデモを行なった若い先生は、こう言っていた。「子どもたちにロッカーから資料集を持って来させて机の上でページを開かせる、という必要がなくなります」「授業中、なかなか前を向かなかった生徒が、スクリーンに集中するようになります」「教材作成の手間が省け、既成教材を利用して効率よく授業を進められるようになります」
研修の後しばらく経ってから、夜の職員室でパソコンに向かって仕事をしていた一人の先生が話してくれた。「コンピュータは、私にとっては生活を便利にしたとは思えません。かえって忙しくなった」「パワーポイントで、子どもたちは教科書を持って来なくなり、全体をみてまとめる力が育たなくなっているように思う」――けれど、前の若い先生とこの先生との間に、IT教育についての対話はされたことがない。後者は、学校の中では声なき声として語られている。
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「対話」の喪失は、子どもたちだけの問題ではない。世界中の現実が、人間から「言葉」と「思考」を奪い取っている。
アメリカの同時多発テロに対して、ブッシュ政権は、対テロ組織に限定した戦争だと公言しながら、アフガニスタンの多数の民間人を殺傷し、生活を奪ってきた。
『ヴェニスの商人』で、ポーシアがシャイロックに告げた言葉――「だから、その方、さっさと肉を切る用意をせい。血を流してはならんぞ、それから、肉はかっきり一ポンド、それより多くてもならん、少なくてもならん」(中野好夫訳)――この理のある言葉は、「報復」の名のもとに戦争を推進する勢力には届かなかった。
『もののけ姫』(宮崎駿)の中では、タタリ神となって猛進する乙事主に、犬神・モロが言う――「もう、言葉までなくしたか……」
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とどまり考えることなく、違う見方を顧みることなく、言葉によるていねいな対話をせず、みんなが同じ方向にドドーッと動いていくほど、おそろしいことはない。
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- 明治図書