
- 赤坂真二直伝!教師のリーダーシップ
- 学級経営
「授業づくりと学級づくり、どちらが大事か?」のような二項対立の議論を聞くことがあります。その度に、不毛な議論だな、と思います。また、「よい授業をしていればよい学級ができる」とベテラン教員が若手を育てる時に言うことがあります。その一方で、「クラスができていれば授業はどうとでもなる」と言う方もいます。これらの言説も、どちらが真実かどうかを考えてもあまり生産的ではないように感じます。どちらもそういう事例があるという話です。

ただ、それらの言説には、共通した基盤があるように思います。力のある教師は、高性能のパソコンのようなパフォーマンス構造をもちます。安定したOSをもち、その上で、優れたアプリケーションを起動しています。OSとは、言うまでもなく、学級経営力や生徒指導力、子ども理解力などのことです。そして、アプリケーションは、各教科等の授業ということになります。教師にとって「教科の専門性が高い」ということは、極めて重要な力です。
先日、教科指導で大変有名な実践家とお話をする機会がありました。彼は、「学級づくりなんて、今まで考えたことがない」と言っていましたが、多くの人が納得するようなすばらしい授業をします。
また、彼の元に学びに来ていた中堅教師ともお話しました。彼女は、「今まで、学級づくりの勉強をしたことがない」と言っていましたが、クラスが荒れてヘトヘトになっていました。発言だけ聞いていると、どちらも、学級集団づくりに対する意識はそう違わないように思います。しかし、両者の見ている現実は異なります。両者の違いは何なのでしょうか。授業力そのものでしょうか、それとも、子どもたちの実態が圧倒的に違うのでしょうか。
確かに、子どもたちの実態は違うことでしょう。日本全国、同じ実態のクラスなんてあるわけありませんから。しかし、彼がこれまで常に、学習意欲が高くて、学習スキルやソーシャルスキルが備わっていて、基礎学力の高いクラスだけで授業をしてきたかというと、そうではないでしょう。今時、そんなクラスだけを選んで授業することなどできるわけがありません。彼の授業を見る限り、通常の教科指導の中で、自分との関係や子ども同士の関係を育てたり、学級集団がうまく機能するようなしつけをしていることは明らかです。つまり、彼の授業は、アプリを起動しながらOSも起動させているということです。
所謂「よい授業」とは、OSとアプリがセットになって起動しているのです。彼女の方の話を聞いていると、ネタや授業方法は勉強してきました。つまり、アプリは集めてきました。そして、アプリの使い方も勉強してきましたが、アプリを起動させるOSについては無頓着だったのではないでしょうか。どんなに、教科の教材と指導法に詳しくても、それを授業で起動することができなかったら「教科の専門性を備えた教師」とは言えないのではないでしょうか。「教科の専門性を備えた教師」とは、優れたOSとアプリの両方をもった教師のことをいうのです。「よい授業」を語るときに、OSとアプリを切り離すから、話がややこしくなるのです。
2年間の連載で、度々、述べてきましたが、学級経営がこんなに過剰に注目されるようになったのは、学級崩壊等の問題が起こってきてからです。学びの前提条件が崩れていて、授業どころではない実態が見られたからです。そこで、学級経営という包括的な営みから、学級づくりという集団づくりや人間関係づくりの部分が取り出され、それに関する情報が多数発信されるようになりました。そしてやがて、表裏一体だった授業づくりと学級づくりが分離するようになり、「授業づくりVS学級づくり」の二項対立の議論が起こるようになったと理解しています。
しかし、そろそろそうした不毛な議論をやめにしませんか。さもないと、OSが整っていないのにアプリケーションの機能を高めるような研修や、その逆の、もっといろいろなアプリを起動させ得る子どもたちに、能力以下のプログラムしか実施できないなんてことが起こってきます。教科指導は、学級経営とセットで機能する現実に、多くの現場が向き合うべきだと思います。

本連載で述べてきたことは、リーダーシップの話です。リーダーシップは言うまでもなく、OSの話です。OSのなかでもその中核を為す要素です。学級づくりや生徒指導は、教師の意図や行動から始まり、方向づけられ、実体化します。そのことを考えれば、学級づくりや生徒指導は、教師のリーダーシップそのものだと捉えていいと思います。
学級づくりは、何か特定のプログラムを実施することだと捉えている方もたまにいらっしゃいますが、そうではありません。また、学級活動や道徳の時間の特別な時間枠で実施すればいいというものでもありません。「よい授業」をする教師は、教科の指導時間にも学級集団づくりは行っていて、そのためのリーダーシップを発揮しています。
では、リーダーシップとは何なのでしょうか。
自己啓発の祖と言われるD・カーネギーは、リーダーシップを次のように説明します(D・カーネギー協会編、山本徳源訳『リーダーになるために』創元社、1995より)。
「人々を援助して彼らの可能になる能力を発揮させること、将来へのビジョンを確立させること、勇気づけ、指導し、模範となること、成功に導く関係を確立し維持すること」。
そして、今、なぜリーダーシップが必要かについても、カーネギーは、他者の言葉を引用しながらかつて想像した以上の柔軟さが必要とされる時代には、リーダーシップの手腕が決定的な役割を果たすと言っています。
安定していた時代は、管理的なリーダーシップで十分でしたし、それが都合良かったのです。まだ教師の指導性が保証されていて、多くの子どもたちが教師の指示に黙って従っていた時代はそっちのほうが効率的でした。しかし、多くの方が認識しているように、今は変化の時代であり、これからさらなる大きな変化が予想されます。世界に類を見ない少子高齢問題の進行で、人口が減少していきます。今、私たちが当たり前に思っていることは、すべて人口増加時代につくられたほんの数十年の一時的なものに過ぎません。今後はそれが通用しなくなる可能性があります。今がまさにカーネギーの言う「かつて想像した以上の柔軟さが必要とされる時代」です。そんなときに、学校が用意したコンテンツを効率的に教えるだけで、子どもたちが変化の時代に生きる力を身に付けられるとはとても考えられないでしょう。良好な関係性とモチベーションを高めるコミュニケーションを基盤にして、子どもたち一人一人の自己実現の意欲を引き出していくリーダーシップが、子どもたちの幸せを実現していくのだろうと思います。
子どもの力を付ける原理は極めてシンプルです。
「教師が決めたら子どもは決めません、教師がやったら子どもはやりません」。しかし、教師が何もしなかったら、子どもも何もしないかもしれません。だから、リーダーシップが必要なのです。教師が何もしなくていいようにするためには何をするのか、それもリーダーシップの問題です。子どもたちのモチベーションを上げるリーダーシップの理論と技術については、書籍(『スペシャリスト直伝! 主体性とやる気を引き出す学級づくりの極意』明治図書、2017)に示しました。参考にしていただければ幸いです。
授業というアプリケーションが機能するためには、学級づくりというOSが機能しなくてはなりません。つまり、授業づくりも学級づくりも、特定のプログラムを実施することではなく、その本質は教師に埋め込まれたリーダーシップにあるといえるのです。「主体的・対話的で深い学びの実現」を、教材研究や教授法の工夫の問題として矮小化して捉えると恐らくうまくいかないでしょう。これは、高性能のアプリです。それ相応のOSが必要です。OSを起動させるのは、子どもたちの自己実現の意欲を引き出す自律性支援のリーダーシップなのです。
「主体的・対話的で深い学びの実現」は、キャリア教育の視点をもった授業改善の営みです。みなさんは、これからの社会でやっていけそうな子どもたちを育てていますか。
次年度の集団づくり戦略計画の作成はお進みですか。
心強い味方として「学級を最高のチームにする極意シリーズ」があります。私が基本的な考え方を示した理論編と、全国の気鋭の実践が実践編を書きました。実践家の皆さんには、その実践を支える考え方と失敗しそうなポイントとそのリカバリー法も示していただきました。従って、「その人だからできる」という域を超えて広く汎用性があることでしょう。
本シリーズのラインナップは、集団のセオリーに則って構成されています。皆さんのニーズのどこかにヒットすることでしょう。
学級集団は、どんなに良好な状態であろうともその殆どが4月後半から6月にかけて最初の危機を迎えます。
子どもたちがいろいろなメッセージを発してくる頃です。それを如何にうけとめてそれを彼らの成長につなげるかが危機を回避し、学級を機能させるポイントです。
最初の危機を乗り越え、2学期以降の経営が安定するためは、教師と子どもたちの個人的信頼関係を如何に築くかにかかっています。メンバーとの個人的信頼関係の強さが、リーダーの指導力の源泉となります。リーダーとの強い絆が、子ども同士の積極的な協働のエネルギーとなります。技術論だけでは、子どもたちは主体的に行動しないのです。子どもたちのやる気に火を付けるのは、個人的信頼関係の構築にかかっています。
学級はルールから崩れます。また、子どもたちのやる気に満ちた集団は、教師のパフォーマンスでも声の大きさでもなく、ルールの定着度によります。良い学級には、良いルールがあります。そのルールの具体と指導法がギッシリです。
本シリーズは、学級集団づくりの1年間の実践をまるごと見渡すことができます。しかも、理想像から始まるという極めて戦略的な構成になっています。さらに、学級づくりの定期点検ができるチェックリストがついて、定常的に同じ観点で振り返りができるようになっています。
クラスでは目立った問題が起きないけれども、仲もそれほど悪くないようだけれど
も、授業に活気が感じられない、素直に学習しているけれども、やる気があるように
は見えないというクラスが増えています。そこには、授業者である教師が見落としが
ちな問題が潜んでいることがあります。子どもたちのやる気を引き出し全員参加の授
業を実現するにはどうしたらいいのでしょうか。そのためのアイディアが満載となっ
ています。
アクティブ・ラーニングは,単なるペアがグループを活用した交流型の学習ではありません。そして,ただ学習内容に深く触れればいいわけではありません。そこには子どもたちの主体的に学び合う姿が必要なのです。子どもたちが,生き生きとかかわりながら学ぶ授業づくりの具体例を豊富に示しました。
クラスは、係活動や当番活動などがばらばらに独立して機能するわけではありません。それぞれの活動が連動して学級を育てます。 いきいきとした活動性の高い学級集団を育てるためには、各活動を意図的に配置したデザインの質を上げることが大切です。学級で効果を上げている実際のシステムとその運用のポイントが豊富に紹介されています。
「クラスがまとまらない」という話をよく耳にします。今の時代は、まとめようとしてもまとまりません。子どもたちを一定の枠に入れ込む発想は、もう時代遅れです。子どもたち一人ひとりに、協力して課題を解決する力、つまり、協働力を育てるようにします。子どもたちのつながる力を引き出す指導のステップと魅力的な活動例が豊富に紹介されています。
