- 勇気づけリーダーの学級経営
- 学級経営
1 アドラーとアドラー心理学
本稿を読まれるのは、圧倒的に学校の先生方が多いと思います。今回のお話は、実践や技術とは離れるかもしれません。超多忙な先生方にこのような情報提供は甚だ恐縮なのですが、テーマである「勇気づけリーダーの学級経営」に迫るためには、どうしてもこの内容について触れておかねばなりません。「アドラー心理学って何?」という話です。アドラー心理学が以前に比べて遙かに多くの方に認知されるようになったとはいえ、金メダルを取ったオリンピック選手や国民的アイドルのように、その名を言えば誰もが「ああ〜」と言われるほどになったとも思えません。勇気づけを知る上で、アドラー心理学を知る必要があります。超多忙な先生方も、夏季休業ならばこうした内容にも目を通していただけるものと信じて話を進めたいと思います。まあ、お忙しかったらスルーしてください。
アドラー心理学のアドラーとは、人の名前です。オーストリアの精神科の医師です。
わたしたちの国では、同じ時代に生きたフロイトやユングは有名ですが、アルフレッド・アドラー(1870〜1937)の名前を知っている人は、そう多くはなかったのではないでしょうか。私も大学生の時に心理学の授業で、フロイトとユングの名前は聞きました。しかし、アドラーの名前は聞いた覚えがありません。
最初は、フロイトと同じグループで活動していましたが,やがて袂を分かちます。フロイトはアドラーを弟子だと思っていたようですが、アドラーはフロイトを、同志または研究仲間だと思っていたのかなと思います。ここら辺の話も、アドラー心理学を知ってくると、なんとなく自然に理解できるかもしれません。
アドラー自身は、自分の考えを「アドラー心理学」と呼んだわけではありません。
個人心理学(Individual Psychology)
と呼びました。人間は統一された存在であり、分割することは不可能だと考えていたのでそう呼びました。私たちはよく意図しない行動を「無意識のうちにやっていた」などと言って、自分とは別なものの力によってそれをしたと説明することがあります。しかし、アドラーは、無意識にも自分の意図があり、意識と無意識を分断するような立場をとりませんでした。しかし、「個人心理学」という呼称は、アドラーの意図が必ずしも伝わらないということで、弟子たちは、彼の考えを創始者である彼の名前をとってアドラー心理学と呼びました。アドラー心理学は、「心理学」という名を背負っているので、人の心理的プロセスや行動の傾向を解釈したものとして捉えられがちです。しかし、アドラーにとって「個人心理学」は、「心理学」にとどまらず、社会生活に基づく人生哲学だったと捉える見方もあります。
社会主義に関心があったアドラーは政治改革による社会変革を目指しました。しかし、政治の現実を目の当たりにし、育児と教育に人類の救済の可能性を見出しました。アドラーは、「人はみな平等である」という意識を持っていて、力で子どもを押さえつけるのではなく、心からの信頼をもって子どもに接する教育をすることで、自由で平等な世界を目指しました。
アドラーの仕事として有名なものの一つに、世界で初めての児童相談所をつくったことがあります。当時は、第一次世界大戦の混乱により、オーストリアでは、非行少年の問題が注目されていたようです。
2 アドラー心理学と学校教育
そこで、アドラーは、公立学校に多くの児童相談所をつくりました。この児童相談所は、子どもや親の治療にあたるだけでなく、教師やカウンセラー、医者などの専門職を訓練する場としても活用されました。
私が注目したいのは、アドラーが仕事をしてきた環境です。アドラーは医師ですが、自分の考えを特別なケアを要する医療現場だけで創り上げてきたわけではなく、
教育という多くの子どもたちや親たちがかかわる学校現場で構築してきた
のです。こうした理論構築のプロセスが、学校教育への効果を上げている理由ではないでしょうか。
アドラーは、自分自身のカウンセリングを公開の場で行うことがありました。カウンセリングというと、カウンセラーとクライアントが1対1で相談しているというイメージがあるかもしれません。しかし、アドラーのカウンセリングには、クライアントの後ろに他のクライアントがいて,それを聞いているということがあったようです。もちろん、こうしたやり方にはデメリットがあるだろうし、批判もあったことだろうと思います。しかし、他の人のカウンセリング見たり聞いたりすることで,自分の問題との共通性に気づき,解決の方向性を見出すことができるというメリットもあったことでしょう。
ひょっとしたら、みなさんもそうした経験をお持ちの方がいらっしゃるのではありませんか。数人でファミレスでおしゃべりしていたら、一人の恋愛相談が始まり、みんなであれやこれや言い始めた。やがて、相談者はすっきりした顔をしてきて、なんとなく問題解決。気付くと、相談に乗っていたはずの周囲も自分の問題の解策のヒントを掴んでいたりするようなことです。また、学年会やサークルの懇親会で、あるメンバーが仕事上の悩みを相談し、ベテランやメンターが助言を始めると、その内容が自分も悩んでいることだったりして思わず聞き入ってしまった、なんてことはありませんか。
恐らくアドラーの実施していたカウンセリングは、そんな効果があったのではないでしょうか。アドラーは,そうした効果を目の当たりにするうちに、独特のカウンセリングスタイルを手法として確立していったのではないでしょうか。
もうお気付きの方がいらっしゃるかもしれませんね。まさしく、これが
クラス会議の原型
です。個人の悩みをみんなで相談しているうちに問題は解決し、同時に、一体感や仲間意識が育っていく、そんな実践です。クラス会議については、いずれ詳しく本連載で触れることも出てくるでしょう。
精力的に活動をしていたアドラーでしたが、ナチズムの台頭とともに、ユダヤ人である彼は迫害を恐れてアメリカに渡りました。そして1973年、講演先で亡くなりました。
その後、ルドルフ・ドライカースらの弟子に引き継がれ、整理や発展が加えられ、現在に至っていると言われます。
さて、ここまで大雑把にアドラー心理学とアドラーについて説明してきました。私の個人的な解釈が混じり込んでいますので、お詳しい方にとっては乱暴な説明に感じられたかもしれませんが、どうかご容赦願いたいと思います。
ところで、第一次世界大戦の頃に遠い外国の地で発展してきたこのアドラー心理学が、なぜ、現在の私たちの国の学校教育において受け入れられているのでしょうか。そこには、現在も多くの先生方を悩ませている「学級崩壊」の問題があります。
次回は、さらに、
なぜ、学級経営にアドラー心理学が有効であり必要なのか
について考察を進めたいと思います。
【参考文献】
・アレックス L・チュウ著、岡野守也訳『アドラー心理学への招待』金子書房、2004
・岸見一郎『アドラー心理学入門 よりよい人間関係のために』ベストセラーズ、1999
・和井田節子「9 アドラー心理学」(『月刊学校教育』編集部編『相談活動に生かせる15の心理技法』所収、ほんの森出版、2004)
・赤坂真二『先生のためのアドラー心理学 勇気づけの学級づくり』ほんの森出版、2010
次年度の集団づくり戦略計画の作成はお進みですか。
心強い味方として「学級を最高のチームにする極意シリーズ」があります。私が基本的な考え方を示した理論編と、全国の気鋭の実践が実践編を書きました。実践家の皆さんには、その実践を支える考え方と失敗しそうなポイントとそのリカバリー法も示していただきました。従って、「その人だからできる」という域を超えて広く汎用性があることでしょう。
本シリーズのラインナップは、集団のセオリーに則って構成されています。皆さんのニーズのどこかにヒットすることでしょう。
学級集団は、どんなに良好な状態であろうともその殆どが4月後半から6月にかけて最初の危機を迎えます。
子どもたちがいろいろなメッセージを発してくる頃です。それを如何にうけとめてそれを彼らの成長につなげるかが危機を回避し、学級を機能させるポイントです。
最初の危機を乗り越え、2学期以降の経営が安定するためは、教師と子どもたちの個人的信頼関係を如何に築くかにかかっています。メンバーとの個人的信頼関係の強さが、リーダーの指導力の源泉となります。リーダーとの強い絆が、子ども同士の積極的な協働のエネルギーとなります。技術論だけでは、子どもたちは主体的に行動しないのです。子どもたちのやる気に火を付けるのは、個人的信頼関係の構築にかかっています。
学級はルールから崩れます。また、子どもたちのやる気に満ちた集団は、教師のパフォーマンスでも声の大きさでもなく、ルールの定着度によります。良い学級には、良いルールがあります。そのルールの具体と指導法がギッシリです。
本シリーズは、学級集団づくりの1年間の実践をまるごと見渡すことができます。しかも、理想像から始まるという極めて戦略的な構成になっています。さらに、学級づくりの定期点検ができるチェックリストがついて、定常的に同じ観点で振り返りができるようになっています。
クラスでは目立った問題が起きないけれども、仲もそれほど悪くないようだけれども、授業に活気が感じられない、素直に学習しているけれども、やる気があるようには見えないというクラスが増えています。そこには、授業者である教師が見落としがちな問題が潜んでいることがあります。子どもたちのやる気を引き出し全員参加の授業を実現するにはどうしたらいいのでしょうか。そのためのアイディアが満載となっています。
アクティブ・ラーニングは,単なるペアがグループを活用した交流型の学習ではありません。そして,ただ学習内容に深く触れればいいわけではありません。そこには子どもたちの主体的に学び合う姿が必要なのです。子どもたちが,生き生きとかかわりながら学ぶ授業づくりの具体例を豊富に示しました。
クラスは、係活動や当番活動などがばらばらに独立して機能するわけではありません。それぞれの活動が連動して学級を育てます。 いきいきとした活動性の高い学級集団を育てるためには、各活動を意図的に配置したデザインの質を上げることが大切です。学級で効果を上げている実際のシステムとその運用のポイントが豊富に紹介されています。
「クラスがまとまらない」という話をよく耳にします。今の時代は、まとめようとしてもまとまりません。子どもたちを一定の枠に入れ込む発想は、もう時代遅れです。子どもたち一人ひとりに、協力して課題を解決する力、つまり、協働力を育てるようにします。子どもたちのつながる力を引き出す指導のステップと魅力的な活動例が豊富に紹介されています。