勇気づけリーダーの学級経営〜これからを生きる資質・能力を育てる教師の役割〜
これからを生きる資質・能力を学級でつけるには?勇気づけリーダーの学級経営
勇気づけリーダーの学級経営(3)
なぜ、学級経営にアドラー心理学なのか(2)
〜これからを生きる資質・能力を育てる教師の役割〜
上越教育大学教授赤坂 真二
2017/8/20 掲載
  • 勇気づけリーダーの学級経営
  • 学級経営

1 ある「学級崩壊」の様相

 これまで抽象的な話が続いたので、今回は具体から入りたいと思います。
 ある年の高学年を担任したときの忘れがたいワンシーンです。
 新任式の日、私は緊張感と期待に胸を膨らませて教室に入りました。しかし、私を見る子どもは、ほとんどいませんでした。

特別にざわつくこともなく、静まることもなく、ある者は机の下に潜り、またある者は後ろのスペースで車座になって、それまでと同じようにおしゃべりをしていました。

 そう、まるで私がそこに居ないかのように、時間が流れていました。しかしそれでも、教室をよく見渡すと私をチラリと見ている数名がいました。後方で車座になっていた女子の一部が、面倒くさそうに私を眺めていました。

 そのときです。バタバタバタ!と激しく音を立てて、廊下を走る足音がしました。

廊下に出ると、逃げる二人の男子を一人の男子が追いかけていました。「待て、テメエら、殺すぞ、こらぁ!」と、追いかけている子は叫んでいました。

 私は逃げる二人を制止し、追いかけてくる子との間に入りました。私の体にぶつかるかぶつからないかのところで、追いかけていた子は止まりました。ハアハアと肩で息をしながら、上目遣いで私を睨みました。「教室に入ろう」と声をかけると、彼はさらに鋭い目つきになり、「はぁ?死ね……」と吐き捨てるように言いました。
 「何があったの?」と聞くと、「こいつらがオレを馬鹿にした」と言います。逃げていた二人に確かめるとすんなりと認め、私が何か言おうとする前に、いや、私に何も言わせないかのように「ごめんね」と謝りました。すると、追いかけていた子の目つきが少し和らぎました。改めて三人に「さあ、入ろう」と言うと、今度は教室に入りました。そのとき、謝った二人が目配せをしてニヤッと笑ったのが見えました。
 教室に入り、今度は机の下に潜っている男子や後ろで車座になっている女子に、「自己紹介したいから席についてもらえないかな」と声をかけました。彼らはまるで体に鉛が付いているかのような緩慢さで、足の裏を引きずるようにして着席しました。
 次の日、国語の授業を始めようとしたとき、ある男子が手に持っている物を見て目を疑いました。長さ10センチくらいのナイフでした。

彼は、右手にナイフを持ち、左手の指をいっぱいに開いた状態で机上に置き,「チクショウ!チクショウ!」と言いながら、指の間を高速で移動させながらナイフを突き刺し始めました。

 私が、「それ、しまいましょ」と言いました。取り上げたり、注意したりして刺激すると周りの子どもたちの安全が確保できないように思ったからです。彼は面倒くさそうに私に視線を向けながら首を少し傾け、ナイフの先端を私に向けて、こう言いました。

「先生、教師は子どもを殴っちゃいけないんですよねぇ」

みなさんならば、このようなとき、どうするでしょうか。

2 アドラー心理学への注目

 彼らを担任するまでも、私のクラスが安定していたとは決して思いません。ルール違反やケンカ、高学年女子の逸脱行動、いじめや不登校傾向などの一般的な生徒指導の問題は、「いつも」そして「それなり」にありました。しかし、それらは特定の子が起こす問題でした。このクラスのように、問題行動を起こす子が日替わりで登場し、また集団化した逸脱行動をするようなことはありませんでした。ましてや、刃物を持って教師を挑発するような子に出会ったことはありませんでした。まだ、学級崩壊などという言葉がこれほど学校教育において存在感をもつ以前の話です。
 現在、私が校内研修で関わらせていただく学校でも、これほどではありませんが、しんどい状況は少なからずお聞きします。学年崩壊している「最高学年」が、授業時間中に中庭でドッチボールをして遊んでいたとか、3年生からの持ち上がりの学級で、4年生の1学期まではなんともなかったのに、2学期から急に荒れてきて担任の言うことを聞かなくなったというような話などは、珍しい話ではありません。

学級崩壊と呼ばれる集団機能が著しく低下した状態は、様相を少しずつ変えながら現在もあちこちの地域で見られているようです。こうした現象は、沈静化したどころか、広域化し、日常化した感じさえします。

 こうした現象を解決するマニュアルは現在、見当たりません。マニュアルがあったら解決していることでしょう。しかし、学級担任を含む現場の最前線に立つ担当者は、指をくわえて見ているわけにはいきません。「なんとかしなくてはならない」のです。しかし、闇雲に手を出してもうまくいきません。現状を理解し、対策を講じなくてはなりません。風邪だとわかるから処方箋が出るわけであって、それを理解しないことには対策の講じようがありません。
 そのときに、アドラー心理学はかなり有効な示唆を与えてくれます。

現在、私や私のゼミ生が、学校やクラスをご支援できるのは、アドラー心理学を知っているからと言っても過言ではありません。もちろん、アドラー心理学だけで支援策を立てているわけではありませんが、その骨格であることは間違いありません。

 しかし、ここでお断りしておきたいのは、私やゼミ生が、アドラー心理学の全てを包括的に理解しているわけではないということです。アドラー心理学はとても幅広く奥深い理論体系です。私たちは、学校教育という限定された分野への適用をしているだけです。ただ、そうした限定的活用でも、十分に効果を発揮し得るのがアドラー心理学の魅力だとも言えるでしょう。
 日本に学校教育におけるアドラー心理学への適用が始まったのは、1980年代だと見ています。先駆的な実践が行われ、成果を挙げていたようです。しかし、学校教育への適用の可能性が注目されだしたのは、やはり学級崩壊の存在が影響しています。
学級の機能低下が話題となり始めた1990年代、学級の“荒れ”は、子どもたちの心の“荒れ”として捉えられました。そして2000年前後に、実に様々な心理的アプローチが学校現場に紹介されました。多くの教師たちがカウンセリングを学んでいました。しかし、その一方で、スクールカウンセラーとして多くの学校や教師を支援してきた諸富祥彦氏は、それらのアプローチに対して

さまざまな心理学理論のなかで、学級経営や生徒指導の問題に直接使えて、しかもききめのある理論はほとんどないのが実情

であると指摘しました*1。そして、その諸富氏が「学級経営や生徒指導の具体的な指針を与える」ものとしてその有効性に注目したのが、アドラー心理学でした。今では、「『学校で活かせるカウンセリング』の代表選手」とまで言われるようになりました*2

 それでは、なぜ、アドラー心理学が、学校における子どもたちの諸問題に対して有効に働くことができるのでしょうか。
 次号は、そこから述べていこうと思います。

【参考文献】
*1 諸富祥彦『学校現場で使えるカウンセリング・テクニック』上下、誠信書房、1999
*2 会沢信彦「1 学級づくりと授業にカウンセリング・テクニックをこう生かす!」諸富祥彦シリーズ編集代表、会沢信彦・赤坂真二編『チャートでわかるカウンセリング・テクニックで高める「教師力」1』ぎょうせい、2011

赤坂 真二あかさか しんじ

1965年新潟県生まれ。上越教育大学教職大学院教授。学校心理士。「現場の教師を勇気づけたい」と願い、研究会の助言や講演を実施して全国行脚。19年間の小学校勤務では、アドラー心理学的アプローチの学級経営に取り組み、子どものやる気と自信を高める学級づくりについて実証的な研究を進めてきた。2008年4月から、より多くの子どもたちがやる気と元気を持てるようにと、情熱と意欲あふれる教員を育てるために現職に就任する。
主な著書に、『アドラー心理学で変わる学級経営 勇気づけのクラスづくり』『資質・能力を育てる問題解決型学級経営』『最高の学級づくり パーフェクトガイド』『スペシャリスト直伝! 主体性とやる気を引き出す学級づくりの極意』『クラスがまとまる! 協働力を高める活動づくり』『教室がアクティブになる学級システム』『アクティブ・ラーニングで学び合う授業づくり』『スペシャリスト直伝!成功する自治的集団を育てる学級づくりの極意』『学級を最高のチームにする!365日の集団づくり』『信頼感で子どもとつながる学級づくり 協働を引き出す教師のリーダーシップ』『やる気を引き出す全員参加の授業づくり 協働を生む教師のリーダーシップ 』『集団をつくるルールと指導 失敗しない定着のための心得』『気になる子を伸ばす指導 成功する教師の考え方とワザ』『思春期の子どもとつながる学級集団づくり』『いじめに強いクラスづくり 予防と治療マニュアル』『スペシャリスト直伝!学級を最高のチームにする極意』『一人残らず笑顔にする学級開き 小学校〜中学校の完全シナリオ』『最高のチームを育てる学級目標 作成マニュアル&活用アイデア』『クラス会議入門』(以上、明治図書)などがある。

(構成:及川)

関連書籍
2017.02.17 update

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