- 勇気づけリーダーの学級経営
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1 子どもたちが不適切な行動に至るプロセス
前回までに、私たちの行動には目的があり、それは居場所を見つけることだと述べました。教室において子どもたちが皆、適切な行動をしてくれれば教師の仕事は、こんなに楽しいことはないわけですが、そればかりではないことが悩ましいところです。しかも、不適切な行動は、適切な行動と同じように居場所見つけのための適応行動であるわけです。その不適切な行動は、「注目を得る」段階から「力比べをする」段階、「仕返しをする」段階を経て、「無能力を誇示する」段階に至ると述べました。
教師や親が、これらの不適切な行動の指導を困難だと感じるのは、子どもたちがそれを「本気」でやっているからです。子どもたちは、それこそ自分の「存在をかけて」不適切な行動をしているわけですから、生半可な覚悟では、その子に関わることが難しいと言わざるを得ません。また、子どもたちも闇雲に、そして、いきなり不適切な行動をしているわけではありません。不適切な行動をする子どもたちも、どこかで適切な行動をしてきた、または、しているはずです。しかし、残念なことにそれが注目されていない場合があります。子どもたちにとって、一番、キツく耐えがたいことは、叱られることではありません。それは、
無視をされること
です。
子どもたちが気になる行動や不適切な行動に至るのは、図のようなプロセスを経ていると考えられます。子どもたちは、本来的に人に迷惑をかけようとして行動しているわけではありません。適切な行動をそれなりにやっているはずです。通常の環境だったら、適切な行動にプラスの注目がなされるはずです。ほめられたり、喜ばれたり、感謝されたりという刺激です。しかし、それを得られない環境にいる子どもたちもいます。そうした子どもたちは、適切な行動で注目が得られないと、「このまま無視をされているくらいなら不適切な行動をする」という選択をします。それは、意識的な場合もあれば無意識の場合もあるでしょう。
では、一方で、本連載の三回目で示したような、出会って2日目で私に向かってナイフを向けた子の行動をどう説明したらよいでしょうか。本連載を初めてお読みになった方のために、その部分を再掲します。
次の日、国語の授業を始めようとしたとき、ある男子が手に持っている物を見て目を疑いました。長さ10センチくらいのナイフでした。彼は、右手にナイフを持ち、左手の指をいっぱいに開いた状態で机上に置き、「チクショウ!チクショウ!」と言いながら、指の間を高速で移動させながら、ナイフを突き刺し始めました。私が、「それ、しまいましょ」と言いました。取り上げたり、注意したりして刺激すると周りの子どもたちの安全が確保できないように思ったからです。彼はめんどくさそうに私に視線を向けながら、首を少し傾け、ナイフの先端を私に向けて、こう言いました。
「先生、教師は子どもを殴っちゃいけないんですよねぇ」
私が、彼の適切な行動に注目していなかったというならわかります。しかし、これは2日目の1限ですから、初日から数えて彼と過ごした時間は合計で5時間くらいです。ほとんど人間関係はないに等しいです。ただ、思い当たることと言えば、前日に彼が廊下を怒鳴りながら二人の男子を追跡しているところに割って入り、声をかけて「教室に入ろう」と言ったことです。それが彼の中でネガティブな記憶として残ったのかもしれませんが、それにしても、出会って5時間の相手にナイフを向けるのは、少し行動が飛躍しているように思います。こうした体験をもつのは私だけではありません。ある女性教師(中学校)も、新任の学校で自己紹介した後に、男子生徒に「けっ、女かよっ」と吐き捨てるように言葉を投げつけられたと言います。これは、ほぼ初対面の状態です。人間関係が0の状態です。
恐らく彼がナイフを向けていたのは、私ではなく、過去に出会った「教師」や「学校」だったと考えられます。教師は、子どもたちの前に立つときに、はじめは「個人」として見られるよりも「教師」という塊に対するイメージで見られていることがあります。これは何も教師と子どもの関係だけに起こることではありません。手痛い失恋経験をすると「男なんて」「女なんて」と強い思い込みが発生し、新しい恋愛が始められないことはよくあることです。人は、その人と向き合う前に、すでに過去の体験によってイメージがつくられていることがあります。
2 子どもたちの目標を判断する指標
子どもたちの不適切な行動が、「注目を得る」「力比べをする」「仕返しをする」「無能力を誇示する」という段階性をもっているとして、どのようにそれを判断したらいいのでしょうか。不適切な行動に対応しようにも、目の前の子どもたちの行動がどのような段階なのか判断しないと対応しようがありません。
この問題について、重要な指摘をしておきたいと思います。
客観的な「注目を得る」行動や「力比べをする」行動などはない
ということです。全ては、私たちの見方、感じ方、つまり認知が決めています。「注目を得る」などの段階は、全て、私たちの認知がそれらを意味付けているレッテルです。不適切な行動の段階を決めているのは、子どもたちが「不適切な行動」をしたときに私たちが抱く感情と言えます。
前回示した図に、教師の感情を描き加えてみたいと思います。子どもたちの不適切な行動を見かけたとき、「イライラ」するような感じがしたら、子どもたちは注目を得ようとしていると判断できます。同様に見ていきましょう。教師の権威が脅かされているような気がしたり、ケンカを売られているような気がしたら、「力比べ」をしようとしていると考えられます。傷付くような感じがしたら、「仕返し」をしていると考えられます。もし、「この子に私は何もできない」「もう、無理」などと感じたならば、それは、「無能力の誇示」をしているかもしれません。
もうおわかりですね。不適切な行動の進行は、子どもたちの行動そのものが進行しているというよりも、私たちの感じ方が変化していっているのです。不適切な行動にイライラしたり、ケンカを売られたりしていると感じたりしているうちは、教師はまだ元気なのです。だから、その教師は自分の力で対応することも可能です。しかし、傷付いたり、もうお手上げと感じるときには、一人の力ではもう、対応することが難しい状況になっています。
指導が難しくなっているクラスにサポートの方が入ったときに、その方から見ると「あれ、そんなに悪くないじゃないか」と感じることがあります。それは、サポートの方は、まだ「元気」だからです。当事者ではないからです。子どもたちの不適切な行動は、当事者である担任などの感情を引き出すために展開されています。だから、サポートの方の感情は取り込まれていないので、客観的に見ることが可能なのです。しかし、当事者は、子どもたちのそうした行動に対して感情的にヘトヘトになっているのです。サポートに入る方は、こうした当事者の感情を理解する必要があります。それがわからずに、自分だけの感覚で指導や助言をすると当事者の自信を失わせ、もっと深刻な事態を招く可能性があります。
もし、あなたが当事者だったら、「手遅れになる前」に管理職や学年主任など信頼できる方に相談すべきです。「手遅れになる前」とは、イライラしたり、ケンカを売られていると感じているときです。また、あなたがミドルリーダー以上の学校の仕組みをつくる権限をもっていたら、こうした事態に対応する相談体制を早急に立ち上げてほしいと思います。
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