- 勇気づけリーダーの学級経営
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1 あなたの気になる子は?
アドラー心理学は、近年、世間によく知られるようになりました。広がっているということは、わかりやすいからであり、また、役に立つからだと思います。その一方で、わかりにくいところもある、奥深い理論だと感じています。
アドラー心理学を理解するには、その基本前提を理解する必要があります。研究者や主張する方によって表現の違いはありますが、「目的論」「全体論」「対人関係論」「認知論」「創造性」そして、「個人の主体性」です。アドラーが各論を項立てて説明しているわけではありませんが、後世の弟子や研究者たちがアドラーの理論を分類して整理するとこうした要素に分けられるということです。
学校教育、しかも学級担任にとって最も即効性があるものといったら「目的論」ではないでしょうか。「目的論」を知り、そうした考え方をもつことによって、生徒指導や気になる子の指導、そして何よりも学級経営が変わることでしょう。
ある事例に基づき「目的論」について考えてみます。これが理解できると、前回の「学級崩壊マニュアル」の逆の、「学級崩壊克服マニュアル」を作成できるかもしれません。みなさんも、事例を読みつつ、ご自身の現在、
気になる子を思い浮かべてみてください。
みなさんは、その子のどんな言動が気になりますか。また、その子が気になる言動をしているときには、どんな感情が湧きますか。
2 ツヨシくんの場合
小学校4年生のあるクラスの朝の会のことです。
朝学習で、読書をしていたツヨシくん。本が大好きな彼は、朝の会が始まる時間になっても読書を続けていました。担任は職員打ち合わせで、まだ教室には来ていません。しかし、朝の会を始める時間になったので、日直が黒板の前に出てきました。日直が、まだ本をしまっていない子どもたちに「本をしまってください」と声をかけました。しかし、彼は、それが聞こえるのか聞こえないのか、構わず本を読み続けていました。すると、周囲の数名が「読書、やめて」「ツヨシくん、やめよう」と注意をしましたが、彼は反応しませんでした。
業を煮やした一人の子が、席を立ち、歩み寄り、本を取り上げようと手をかけたその時です。彼は、「何するんだ!」と猛然と怒り、暴れ出しました。本を取り上げようとした子がツヨシくんの側から逃げると、それを追いかけました。追いかけている途中に目についた、縦横30センチ、高さ50センチほどのゴミ箱を踏みつけました。
担任は、血相を変えた数人の子どもたちに呼ばれて急いで教室に行き、扉を開けるとそこには、涙を流しながら顔を真っ赤にしたツヨシくんがいました。その周りには、ツヨシくんを囲むようにしておびえたような表情で立ち尽くす子どもたち、そして、ツヨシくんの前には粉々になったゴミ箱がありました。
みなさんがこのクラスの担任で、このような状況に出くわしたらどのような感情や思いが湧きますか。子どもたちを落ち着かせるとか、ツヨシくんに指導するとか、教師としての具体的な行動をする前に、もう既に指導は始まっているのです。その方向性を決めるのが、教師であるあなたの感情です。
こうした子どもたちは、インプット(刺激)とアウトプット(反応)の格差がとても大きいです。このような場合、多くの子は、「あ、ごめ〜ん」と言ったり、口を尖らせて「なに、するんだよ〜」と不満を口にする程度ではないでしょうか。本を取り上げられたからといって、ゴミ箱を壊したり机や椅子をなぎ倒すような大立ち回りをする子は、そうはいないことでしょう。
過去にこうした子を担任したことがある方やそれなりの勉強をされている方ならば、冷静な対応もできるかもしれません。しかし、「なぜ、こんなことをするのだろう?」と不思議に思ったり、「一体どうなっているのだろう」と困惑する方も少なくないだろうと思います。また、第3回で記述したように出会って数日でナイフを突きつけられたら、正直言って「怖いな」とは思いませんか。生徒指導関連の書籍の中には、「教師を試す行動には毅然と対処する」なんて書いてあるものもあります。また、従来から生徒指導では、「子どもたちにナメられたらお終い」とか「反抗的な言動に引き下がっては、教師の威厳を示すことができない」なんて書いてあるものもあります。
実際に、子どもたちのやんちゃな言動に困惑している若手教師を見るに見かねて、「あなた、ナメられているんだよ、ビシッとするところはビシッとしなくちゃね」と助言をするベテランもいらっしゃいます。しかし、その言葉を真に受けて、急に厳しくし始めた若手の教師は子どもたちに嫌われてしまい、さらに酷い状況になってしまうこともあるようです。「毅然と」とか「ビシッと」の意味を取り違えると現代の教室では大変なことになります。
3 理由は原因だけではない
私たちは、
人の行動を理解しようとするときに、原因を考えようとする傾向がある
のではないでしょうか。誰かに不利益を負わされたときや誰かが理解できないことをしたときに、その傾向は顕著になります。学校における生徒指導場面では、こうした捉えがなされることが一般的です。「どうしてあの子は学校に来ることをしぶるのだろうか」「どうしてあの子はやる気が出ないのだろうか」「どうしてあの子はいじめるのだろうか」などなどです。人の行動の理由を考えるときに、原因を求めることは、私たちの癖になってしまっているといっても過言ではありません。
しかし、この「なぜ」とか「どうして」といった思考法には落とし穴があります。教室における問題行動のほとんどは、人間関係の問題です。教室で起こることは、特に人間関係の問題は、複雑な要因が絡み合うシステムの中で起こっています。複雑なシステムの中では、特定の原因を見つけるのが難しいのです。そもそも特定の原因があるのかもハッキリしません。「どうしてツヨシくんはキレるのだろうか」と思いを巡らせて、たどり着いた答えはどれくらい妥当なのでしょうか。
実は、原因を探る行為では、適切な解決策の考案や実行が難しいのです。もし、キレる問題が、発達に起因するものだったらどうでしょう。不登校が、家族の問題からきているとしたらどうでしょう。また、意地悪としているのが性格上の特性だったらどうでしょう。それらを解決するためにどれだけのことが教師にできるのでしょうか。また、原因を探るということは、それが解決策の糸口になるからですよね。しかし、その因果関係のはっきりしないところに切り込んでいくにはリスクが大きすぎます。
原因の究明は、因果関係が特定しやすいものには有効です。しかし、
複雑なシステムにおける問題解決は不得手
だと言えます。
理由は原因だけではありません。
人の行動の理由を、目的に求める考え方。それが目的論です。目的論に立つことで、複雑に絡み合った問題も実にシンプルに理解することが可能です。
次年度の集団づくり戦略計画の作成はお進みですか。
心強い味方として「学級を最高のチームにする極意シリーズ」があります。私が基本的な考え方を示した理論編と、全国の気鋭の実践が実践編を書きました。実践家の皆さんには、その実践を支える考え方と失敗しそうなポイントとそのリカバリー法も示していただきました。従って、「その人だからできる」という域を超えて広く汎用性があることでしょう。
本シリーズのラインナップは、集団のセオリーに則って構成されています。皆さんのニーズのどこかにヒットすることでしょう。
学級集団は、どんなに良好な状態であろうともその殆どが4月後半から6月にかけて最初の危機を迎えます。
子どもたちがいろいろなメッセージを発してくる頃です。それを如何にうけとめてそれを彼らの成長につなげるかが危機を回避し、学級を機能させるポイントです。
最初の危機を乗り越え、2学期以降の経営が安定するためは、教師と子どもたちの個人的信頼関係を如何に築くかにかかっています。メンバーとの個人的信頼関係の強さが、リーダーの指導力の源泉となります。リーダーとの強い絆が、子ども同士の積極的な協働のエネルギーとなります。技術論だけでは、子どもたちは主体的に行動しないのです。子どもたちのやる気に火を付けるのは、個人的信頼関係の構築にかかっています。
学級はルールから崩れます。また、子どもたちのやる気に満ちた集団は、教師のパフォーマンスでも声の大きさでもなく、ルールの定着度によります。良い学級には、良いルールがあります。そのルールの具体と指導法がギッシリです。
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